盛岡タイムス Web News 2014年  6月  30日 (月)

       

■  〈幸遊記〉181 照井顕 藤村敏のジャズと卓球の普及活動


 時折ひょこひょこっと店に顔を出してくれる、藤村敏さん(83)は、昔、中学校の先生だった。とにかくジャズが大好きで「岩手ジャズ愛好会」ができた1989年の初代会長が故・及川大治さん。その時、副会長だった藤村さんはのちに、2代目の会長も務めた。

  こう書くと偉そうな人にとる方もいるかもしれないが、偉さには目もくれず、自分の生きる道に徹し、自分がやりたいことを極めることが大事!と平教員一筋に、理科と社会科を教えた。運動部では自分が好きだった卓球指導や、放送や映画といった視聴覚教育に力を入れた人。

  昭和6(1931)年5月2日盛岡に生まれ岩手高校から岩手大学教育学部を卒業し、岩泉、雫石、盛岡と、それぞれ10年以上ずつの勤務だった。子どもの頃、家にあった蓄音機に興味を持ち、高校時代に音楽に目覚めた。教員になってからは手当が出る宿直を率先して引き受け、ラジオから流れてくるFEN(米進駐軍向けの放送)の英語解説による、Vディスクでのジャズ放送を夢中になって、それこそ一晩中聴いていたらしい。中でも、トミー・ドーシー楽団やカウント・ベイシー楽団、ベニー・グットマンなどの演奏には心がうきうきし、ジャズのすごさに感激し酔いしれた。

  同じ頃、次第にオーディオにもはまり、レコードを月賦で買う生活が始まった時、聴くなら大系的に聴いていこうと考え、レコードの中に息づく、演奏者一人ひとりの特徴ある音を聴き分け、理解し、そのミュージシャンの個性を追求し楽しみながら熱心に聴き学んだ。それは、そのままジャズの歴史ともいえる同時性で聴くことができた幸せな時代だったとも云える。

  「愛好会ではよくコンサートも主催した。会場探しからポスター貼り、チケット売り、赤字の補填(ほてん)。大変だったけど面白かった。ジャズが好きな人たちの集まりだから、協力もあった」。「今は生活と同じでジャズの要素はすべての音楽に取り入れられているようにまで普及した」と喜ぶ彼。

  定年後は大人対象の北東北卓球大会を組織し10年間主催した。今は新たに4回目となる「三陸復興、ラージボール(新卓球・軽くて大きくて親しみやすい)大会」の顧問を務める。(カフェジャズ開運橋のジョニー店主)


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