盛岡タイムス Web News 2014年  7月  8日 (火)

       

■  世紀超えて大正の調べ 21日 太田クァルテット100周年公演 県立美術館 梅村保(創始者)の曾孫たちで


     
  太田クァルテットが使ったピアノ  
 
太田クァルテットが使ったピアノ
 

 大正時代に盛岡で活動した弦楽四重奏楽団「太田クァルテット」が今年、創立100周年を迎えた。盛岡市本宮の県立美術館で21日午後4時から子孫による記念公演が開かれる。創始者の梅村保(1888−1948)のひ孫にあたるバイオリニストの梅村隆一さんら4人が出演。父祖が奏でた名曲を通して、岩手の洋楽の草創期をしのぶ。

  太田クァルテットはチェロの梅村保、ビオラの舘澤繁次郎(1899−1967)、第1バイオリンの佐々木休次郎(1895−1944)、第2バイオリンの赤沢長五郎(1898−1970)の4人が、1914(大正3)年に結成した。

  かつての太田村に声望のあった舘澤と佐々木は、地域の篤志家として音楽を振興し、県下一のバイオリニストと言われた梅村たちと弦楽四重奏団を組んだ。

  榊原トリオやハイドン・カルテットなど中央の楽壇と人脈を築き、盛岡の洋楽の草分けとなった。活動が盛んになるにつれ、宮沢賢治、竹久夢二、原敬のおいにあたる原彬らとも関わり、文学を含めて盛岡の文化に大きな刺激を与えた。 

  21日は梅村隆一さん、梅村真実さん、小松智佳子さんの3人の曾孫と、チェロの韮沢有さんが演奏する。梅村さんと小松さんは宮古市出身。桐朋、国立など音大に進み、父祖の道を継ぎ、ミュージシャンとして内外で活躍している。

  21日は「カノン」「ハンガリー舞曲」などのほか、竹久夢二作詞の「宵待草」などを演奏する。「宵待草」は太田クァルテットを指南した音楽家の多忠亮(1895−1929)が舘澤宅に滞在した際、裏庭に咲くオオマツヨイグサをイメージして作曲したといわれる。

     
  太田クァルテットの梅村保  
 
太田クァルテットの梅村保
 


  太田クァルテットの活動は、夢二や賢治の音楽観に影響を及ぼし、里見クや久米正雄など当時の新進作家を講演に招くなど、大正の盛岡に自由の風を運んだ。昭和に入っては戦争の影響などで活動は厳しくなったが、戦後も後進が業績を受け継ぎ、現在は宮古ジュニア弦楽合奏団に伝えている。

  太田クァルテットが使ったドイツ製のロニエツエのピアノは、同市中太田の太田地区活動センターが所蔵している。修繕費がまかなえず、鍵盤が一部鳴らないまま。

  同センターの田頭智所長は「昔は村が予算を出せないときは太田クァルテットの人たちが出すと言われたほどの力があった。見積もると予算的に折り合わないが、鍵盤がすり減るほど弾かれたピアノなので何とか直したい」と話している。

  梅村保の孫にあたり、宮古市で音楽教室を開く梅村圭一さん(62)は、「わたしたちが活動しているのも保おじいさんのおかげ。祖父の教え子の関係で宮古に来てから種をまき、音楽の夕べを開いてきた。太田クァルテットが結成して100年に、おじいさんが生まれた太田に近いところで演奏できれば、みんなで喜んでいるのではないか」と期待する。

  県立美術館の佐々木仁志総務課長は「美術だけでなく音楽を含めて、市民、地域の人たちに楽しんでもらいたい」と話している。入場無料。問い合わせは県立美術館(電話019−658−1711)まで。


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