盛岡タイムス Web News 2014年  7月  10日 (木)

       

■  雫石町 ボダイジュに宿る先人の知恵 まだかわ研究会 町歴史民俗資料館 伐採から織りまで伝承


     
  マダの樹皮を剥ぐ菩提樹皮研究会のメンバーら  
 
マダの樹皮を剥ぐ菩提樹皮研究会のメンバーら
 

 雫石町には、マダケラなどの民具の材料となる「マンダ」や「マダ」の呼び名で知られる樹木の繊維がある。今では、ほとんど使われなくなった素材だが、同町に古くから伝わる伝統技術の継承の一環として、町民の有志でつくる菩提樹皮(まだかわ)研究会(小田晴世代表)と町歴史民俗資料館は、マダの伐採から繊維を使った織りまでの工程を一貫して実践する菩提樹皮プロジェクトに取り組んでいる。

  マダには、正式名称をオオバボダイジュという大葉マダ、正式名称をシナノキという小葉マダがある。文字通り葉の大きさが異なるだけでなく、取り出される繊維の特徴によって麻などの代わりにひもにしたり、マダケラにするなど用途にも違いがあったとみられる。

  6月下旬、同町御明神地内の民家でマダの木の伐採と樹皮を剥ぐ作業が行われた。ヤマブドウなどがそうであるように、樹皮を剥ぐには、適期が存在する。マダは、最も水分が多い梅雨時期が適期とされる。同研究会の会員らが、伐採したマダの枝に切れ目を入れ、専用の道具を用いて作業をすると樹皮が面白いように心材から剥がれた。繊維として使用する樹皮のほかに、マダの心材は経木としても使用される。

  今回、木を伐採した同民家の敷地内には、小葉、大葉の両方のマダの木が生える。この家の80代の女性によると、マダの木は生まれたときから既にあったという。女性は「昔は父親がマダを長く切って、種池に投げた。皮を剥がしては細く裂いて乾燥させたものを縄に編んだ。マダで作った縄は、ぬらせば硬くなり縮む。使ったら小屋に掛けて乾かしたものだ」と話した。

     
   マダの繊維を使って作られた雫石伝統のマダケラ  
   マダの繊維を使って作られた雫石伝統のマダケラ
 

  マダの樹皮を剥ぎ、繊維にするためには大きく二つの方法がある。女性が話したのは昔ながらの方法で、伐採した木の樹皮を剥ぎ、池に漬けておくことで微生物などによって時間を掛けて表皮を腐らせて中の繊維を取るもの。池から出したものは、川で洗い、風通しの良いところで乾かすことで素材として使える状態になる。

  もう一つの方法は、樹皮の表面の皮だけを道具を使って剥ぎ、心材と接していた中心に近い部分だけを取り出すもの。さらにあくを加えて釜で煮た後、川で洗い、ぬかに漬けて醗酵させてマダ本来の色に戻す。ぬかを落とすため川で再び洗い、干すことでこちらも素材として使えるようになる。

  池に入れておく方法は、漬けておく時間が掛かる一方で、自然に任せるために道具で表皮を剥ぐ作業やマダの色を元に戻すためにぬかに漬けるなどの作業がない。伐採の適期が梅雨時であるため、農繁期を避けて、稲の種をうるかしておくための種池を使用できることから、昔の人たちの知恵も随所に見られる。

  同プロジェクトでは、この二つの方法をどちらも試してみることで、出来上がる繊維の違いや手間暇の掛かり具合も確かめる。同会は、町歴史民俗資料館の曲がり屋を主な活動の場所としながら、技術の習得に加えて活動の記録をとることで資料として残していきたい考え。

  小田代表は「10年、20年後には、この木が残っているかどうかも分からない。ビニールなどの簡単に材料にできるものが手に入らなかった時代に、どういう工夫をしていたのか。木を切り、煮て、糸にする作業まで、すべてを体験することで、昔の技術を残し、広げていきたい」と話す。


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