盛岡タイムス Web News 2014年  7月  16日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉391 伊藤幸子 蝉きいて

 

  蝉きいて夫婦(めうと)いさかい果つるかな  
                          井原西鶴

 7月2日、初蝉を聞いた。ことしはわが家の古墓の高い木のこずえでほんのいっとき、全身で鳴いた。でもそのあと2日ばかり低温の日があり、またじっと枝葉の陰に潜んだようだ。

  「夫婦喧嘩(げんか)と西風は夜になると止む」という。「壮烈でエネルギッシュな天下ご免の夫婦喧嘩。西鶴の句は蝉に、もののあはれを悟り神妙。滑稽は伸縮自在の生命体である」とは、磯貝碧蹄館さんのつけた解説文。この?は田舎での作業中か、それとも江戸の長屋のじりじりと暑い昼下がりの風景だろうか。

  私の好きな時実新子さんも?の句をいっぱい詠まれた。「かなかなのかなかなかなと先知らず」もそう、この夏こそ、「ひとつ屋根をかぶって知った夫と私の過去の重さ。お互いの言葉に傷ついた日。なかなか本物の夫婦になれなくて焦った。さみしかった―」と書く。

  時実新子さん、昭和62年、58歳で56歳の曽我六郎さんと再婚。平成8年「月刊川柳大学」創刊。平成12年刊の「おいしい老いを楽しむヒント」を今、また読み出し没頭してしまった。

  秋田生まれの六郎さんが帰省すると追いかけてファクスが届くという。結婚して12年、本当に妻を愛しているかとの問いに返事の文面。

  「新子が死ぬ ぼくが死ぬ。新子がいなくなった世界など あなたにはあっても ぼくにはないのです。ぼくはときどき死にたくなります。死にたいという気持がときおりぼくを襲います。そんなぼくが生きているのは、新子が生きているからです」…。68歳のラブレター。

  こんなふうに言われたら、新子さんは夫の愛に応えて生まれた喜びの句を十数句、たちまちファクスで夫の元へと送信したという。「秋田から神戸へ、神戸から秋田へと愛を走らせたあの日、私は世界でいちばん幸せだった。そのあとはまた淡々とした日常へと戻ったけど、愛に涙したあの日の記憶がある限り、私はずっと幸せな妻として生きて、死ねる」とある。

  私ははじめ、西鶴の句から、新子さんも派手に夫婦喧嘩をされたと側近の方から伺い、いつの世も犬も食わない夫婦喧嘩の玄妙さをみてみたいと思ったのだが、いかんせん新子ドラマに強烈にひきずりこまれてしまった。

  そして名編集長、六郎さんもまた平成23年、新子さんのもとへ旅立たれた。私の手元の新子全句集をはじめ著作集はすべて達意の署名入りで頂いたものばかり。暑さが戻り、また蝉が鳴いている。私は今度こそ、西鶴文学の森に出かけるつもりである。
(八幡平市、歌人)



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