盛岡タイムス Web News 2014年  7月  17日 (木)

       

■  〈風の筆〉59 沢村澄子 「おいしいイノチ」

 

  近所に産直があって、毎朝、買い出しに出る。平日は10時からで、土日は9時の開店。ほぼ一番に入店して野菜売り場を目指す。朝一番に行くのは葉ものなどが売り切れてしまうからで、今の旬は豆類とツルムラサキ。ともに塩でゆでただけでいただく。酢をちょっと落としてもおいしい。

  それで料理とは言えないと言われそうだが、一応ゆで加減には命を懸けて鍋を見張るのであって、塩も3種類用意。お魚も新鮮なものは生か塩焼きがウマイ。

  今さら当たり前のことを言うようだが、鮮度のいいものは、ことさら手を加えなくてもおいしい。調味料も最小限で済む。それで、今この作文をするうちに分かってくるに、自分は料理が好きだと思っていたが、料理好きなんじゃなくて、おいしいものを食べるのが好きなんだね。だから太ってる!

  初めてニューヨークに行った時、食べ物がダメで、1カ月で7`痩せた(帰国後2週間で戻った)。NYの野菜は昔の食堂の入り口にあったサンプルのように見え、店で売っているブロッコリーを手にとってみても何だか蝋(ろう)か樹脂でできてるんじゃないかというような妙な気がし、いつ畑を出て来たのか老朽化した茎。姿はあっても味はなく、濃い味付けをしないと食べられない。こってり調味料で食する食文化だと思った。

  勤めていた頃には休日に冷蔵庫いっぱいの買い物をし、冷凍食品も使ったが、今わが家の冷凍庫には、アイスノンとコーヒー豆しか入っていない。この暮らしがいい、この暮らしにしなさい、と声を高くする気はないが、おいしいですよ。おいしい暮らしには幸せ感がある。

  トウモロコシがでてきた。キュウリは塩でもんでワカメと合わせて酢をしてゴマをふって、あぁ、夏だね〜といただく。今のトマトは本当に太陽を吸い込んだかのような味をしてる。ナスもパンパンに太ってきた。

  こないだ活タコのお刺し身が売られてるのを見つけて、ええぃ、と奮発、380円。吸盤がお皿にくっついて驚いたが、そのウマサにも目を見張った。吸盤一つ一つを口に入れながら、「おいしい!」「おいしい!」を連呼し、その時つくづく、命をもらってるんだなぁ…と思ったのだ。おいしいのは、ついさっきまで生きていたから。その命をもらって、わたしは今、生きている。

  では、と、ここでわたしらしいスーパーな飛躍をするなら、わたしは自分のこの命を日々誰かに食べさせているだろうか。他の動物や植物と違って、死体になったら献体でもしない限り役に立たないこのイノチ。「霜降りでおいしいわよ〜。ぜひどうぞ!」と遺言したところで誰も食べないこのイノチ。ならば、せめて生きてるうちに、「おはよう」のあいさつ一つにでもこのイノチを込めて手渡さないと、日々いただくばかりではバランスが悪いし、申し訳なくてならない、大事な大事な、おいしいイノチ。
  (盛岡市、書家)


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