盛岡タイムス Web News 2014年  7月  21日 (月)

       

■  映画「同胞」40年感謝祭 歳月超えた青春の夢 山田監督、倍賞さん、寺尾さん招く エキストラや市民と交流


     
   工藤さんら出演者や市民とともに感謝祭に臨んだ山田監督、倍賞さん、寺尾さんら  
   工藤さんら出演者や市民とともに感謝祭に臨んだ山田監督、倍賞さん、寺尾さんら  

 映画「同胞」(1975年・松竹)の制作40周年を記念する感謝祭が20日、八幡平市松尾の松尾コミュニティセンターで開かれた。山田洋次監督作に出演した俳優の寺尾聰さん、倍賞千恵子さんらを迎え、当時エキストラ出演した市民と交流。岩手山麓に結んだ友情を確かめ、古里を語らった。感謝祭は出演者と子や孫の世代による実行委員会が、歳月を超えた熱意で作り上げた。広島県からの参加を含め、約400人が集った。

  「同胞」は八幡平市に合併前の松尾村と盛岡市を舞台にしたセミ・ドキュメンタリー映画。村にミュージカル劇団を招こうと奔走する若者たちを描いた。寺尾さんを農家の青年役に、倍賞さんを劇団のプロモーター役に、松尾村の青年たちが本職を生かしてエキストラ出演した。

  青年たちはその後も山田監督や俳優と交流を深め、20年の節目にも再会し、今年60代で集まった。郵便局員役で出演した実行委員会会長の藤田賢吉さん(65)は「当時の古里、岩手山をバックにおじいさん、おばあさんが大勢出演している。改めて上映会で私たちの緑の美しさを大切にしたい」とあいさつ。八幡平市の田村正彦市長が歓迎した。

  寺尾さんは父、宇野重吉さんの思い出を語り、「僕は一度も父に褒められたことはないが、父が旅先で『同胞』を見て、『あいつもやっとスタートした』と褒めてくれたと聞いた」と話し、俳優としての出発点と明かした。

  藤田さんは「台本を見ると私が倍賞さんにダンスを申し込んで踊ると書いていて、驚いてかなり緊張した。うまく踊ったように見えるが、全部、監督がこう動きなさいと下にチョークで書いていた」とこぼれ話。

  山田監督は「君は郵便局員で、自分が書いたラブレターを自分で配達したというエピソードがいい話だと思って、それを出した」、倍賞さんは「みんなは自分がいつもやっていることだから、すぐせりふが出てくるし、寺尾さんと『役者はどうすればいいのか』と話していた」と振り返り、山田監督は青年たちを真の主役に引き立てた。

  工藤金子さん(65)は「寺尾さんは兄貴、倍賞さんは担任の先生、山田監督は校長先生のようだった」と話し、映画をきっかけに、「同胞塾」を立ち上げた。「40年たち、私たちは60代になってしまい、今の40代の人たちが頑張って今回集まることができた」と話し、世代を超えた夢を語った。

  寺尾さんは「人間は一人ひとり違う意見を持ち、それを主張する権利があるということを1975年の松尾村の青年たちは実践していた。同胞はその輝かしい記録」と山田監督の言葉を引き、それぞれの青春を重ね合わせた。

  山田監督は「あるときタクシーに乗り、新宿で運転手がそわそわし出した。『山田監督ではありませんか』と聞かれたので、『そうです』と答えたら、私の大ファンだった。運転手さんの中に映画が好きな人は多いが、その人が一番好きな作品は『同胞』だった。ビデオでも何十回見ていると」と話し、広がった共感を受け止めた。

  松尾中吹奏楽部の演奏を聞き、寺尾さんが花束を贈った。倍賞さんと夫の音楽家の小六禮次郎さんのコンサートで、映画の主題歌「ふるさと」を合唱。「同胞」を映画鑑賞して、世代への継承を誓った。


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