盛岡タイムス Web News 2014年  7月  24日 (木)

       

■  〈風の筆〉60 沢村澄子 「ドアの向こう」


 自分にしか開けられない扉の向こうに「本当の自分」がある、って誰かが言っていた。誰の言葉だったか思い出せないのが、今、とても残念なのだけれども。

  そして、ピンポ〜ンが鳴って困るのは、わたしが書家だからで、今書きかけの1枚は電話が鳴っても玄関のベルが鳴ってもダメ。どうしても一瞬、呼気が止まり、世界が変わる。宅配便には「置いてって〜」と叫んで書き終えてから出て行くのが常なのだが、それでもやはり、その1枚はアウト。

  ある日ドアを開けたら、神妙な顔をしたご婦人が2人立っていた。おずおずと「何かお悩み事はありませんか?」と聞かれたので「ないッ!」と言い切ったら、飛び上がって、「では、何かお困りの時にはお訪ねください」と教会のパンフレットを置いていかれた。

  後々、そのご婦人の顔を思い出すにつけ、こちらが悩み事を聞いて差し上げるべきだったかしら…という不遜な思いが浮かぶ。

  宗教の勧誘でうれしかったのは、あるイブの午後で、ドアを開けたら2人の青年と1人の少年が立っていて、「クリスマスの歌を歌わせてください」と言う。「どうぞ」と言ったら3人で何の歌だったか、楽しそうにうれしそうに歌ってくれた。雪がちらほら降っているのに、何だか晴れやかで、すがすがしくて、なぜだろう、その歌が終わった時、わたしは無性に幸せだった。

  営業の人もいろいろ来る。一度しつこいのに苦労したことがあった。何度も何度も高価な、その品物を買えと言われ、お金がないと断ると、支払い手段はいろいろあると言うし、必要ないと言い放つと、皆さん最初はそうおっしゃりながら、そのうち、その価値を認めてくださいます、なんて言うし、いや、どう断っても何か言い返されてキリがなく、敵?ながらアッパレ!と、半ばあきれながら感心したりもした。

  12月の道もつるつるに凍った朝にまたやってきて、パンフレットを広げ、とくとくと語った。「沢村さまにだけ特別です」「あまりの人気商品につき製造待ちで4月まで品物はご覧いただけません。それほどの人気です」「200万のところ、120万で結構です。特別です」「こんなすぐれた商品はありません。今、買っておかれたら、ゆくゆく財産になります」「代理店にもなれ、今のお支払いは、のちのち回収でき、利益も出ます」等々、どう聞いてもおかしい。

  だいたい、見たこともない商品に、製造待ちだ人気だなんて言われたって、誰が100万を超える大枚をはたくものですか、と言ってやったら、またなんだかんだと矢継ぎ早の演説。とうとうわたしがキレた。

  「分かりました。買いましょう。ただし、お金がないものですから、そのお金を作るために、わたしの作品を買ってください。200万のところ120万にします。特別です。今作品はありませんが4月にはご用意します。中身は保証します。こんなすぐれたものはありませんから、今買っておかれたら財産になりますよ。ゆくゆく300万くらいに値が上がりますから、売れば利益も出ます」

  さすがにあれから来ない。
     (盛岡市、書家)


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