盛岡タイムス Web News 2014年  7月  28日 (月)

       

■  〈幸遊記〉185 照井顕 相澤榮のオクテットジャズ

 
 「聴く鏡」という一関市のジャズ喫茶ベイシーの店主・菅原正二さんの本が2冊出ている。鏡で思い出すのは、聴かせる鏡のような山形のジャズ喫茶オクテットのマスター・相澤榮さん(75)。この二人の先輩から僕が教わってきたことは「友を以って鏡とす」のことわざ。僕流のシャレで言えば「聴く屈み(かがみ)・聴かせる屈み」。音楽と真剣に対峙(たいじ)する普段(不断)の努力と行動の大切さだった。

  相澤さんは僕と同じく、ジャズピアニスト・穐吉敏子さんの熱烈ファンなので、彼女のコンサートも主催するし、どこまでも聴きにも歩くので、よく顔を合わせてはニコニコする間柄。僕が穐吉さんのコンサートを初主催したのは1980年6月(今年2014年その実況録音が初CD化)。彼、相澤さんが、彼女のコンサートを初主催したのは1977年12月。その時の彼女の心遣いと演奏に、メロメロになったのが始まりだった。と最近彼から聞いた。

  その77年コンサート、実は当時、待望されていたアルトサックス奏者、ソニー・クリス率いるカルテット初来日の代演だった。11月28日・新宿厚生年金会館を皮切りに、12月8日・山形市民会館までの10日間8公演。来日のためにコートを新調し楽しみにしていたらしい、ソニー・クリス(当時50歳)は公演直前の11月19日、謎のピストル自殺。困り果てた招聘(しょうへい)元の「もんプロ」に、私たちでよければと代演を申し出たのが穐吉敏子カルテット。コンサートは、全公演大成功。山形も例外ではなく、逆に大きな話題となった。以来相澤さんは、穐吉敏子=ルー・タバキンのファンになって今日に至るのだが、山形の蔵王や坊平国際ジャズ祭のプロデュースも手掛けてきたすごい人。

  1939年生まれの彼が、店を開いたのは1971年の文化の日。上京してアルバイトをしながら、夜間短大に通い、地元山形に戻ってからは、車の会社勤めをし、レコードを買い求めての開業。退職金の一部で76年の米・モンタレージャズ祭ツアーに参加。クラブ・ダンテのアフターアワーで聴いたズート・シムス(ts・故人)が吹いた「ラバー・カム・バック・トウ・ミー」が忘れられず、彼を山形に呼んだのが翌77年。その実況音源をズート夫人の許可をもらい2011年にCD化した執念と、そして僕と同じ思いの穐吉ファンに榮えあり!乾杯!乾杯!
(カフェジャズ開運橋のジョニー店主)
 


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