盛岡タイムス Web News 2014年  8月  12日 (火)

       

■  〈おらがまちかど〉26 盛岡市 東仙北


     
  天に昇る「白龍」がシンボル。舟っこの仕上げに熱を入れる東仙北流舟会のメンバー  
  天に昇る「白龍」がシンボル。舟っこの仕上げに熱を入れる東仙北流舟会のメンバー
 
  8月16日、盛岡の送り盆を彩る「舟っこ流し」。先祖の霊を乗せた舟っこに火が放たれ、北上川の水面を赤く染めながら下っていく姿は、人々の心を揺さぶる。

  東仙北1丁目、2丁目の町内会で組織する「東仙北流舟会」(武藤俊貴代表)は、40年以上、舟っこを出し続けている常連団体。30代から80代まで約20人が約1カ月かけて舟っこの制作に当たる。

  今にも天に昇り出しそうな船首の「白龍」が同会の舟っこの特徴。今年は参加13団体の大トリに当たっており、舟に乗せる墓を闇に映える行灯(あんどん)にしたり、ナイアガラの花火を用意したりと工夫を凝らした。

  東仙北は古くから地元に住む人と近年の開発で移住した人とが混在する地域。集う面々は大工、電気設備など、うまい具合におのおの得意分野があり、すべて外注することなくオリジナルの舟っこが完成する。

  白龍の制作の先頭に立つのは、建設業の吉村幸一さん(67)。中学生のときから舟っこを引いていた根っからの地元民で、祖先の霊を乗せて運ぶとされる白い龍の姿にこだわる。「この時期になると、頭から離れない。95%ぐらいの出来にはなるが、満足ということはないね」と今年も腕を振るう。

  同世代の会社員阿部政夫さん(67)は、大型化した舟っこを自動車を改造した台車で運搬する方法を考えたアイデアマン。「舟っこは、川に入って流した人じゃないと分からない感動がある。終わった後の酒は本当にうまい」と笑みがこぼれた。

  舟っこ流しは、約280年前、盛岡藩4代藩主、南部行信の7女麻久子姫が川施餓鬼(かわせがき)の大法要を行ったのが始まりとされる。東日本大震災後は、震災津波の犠牲者の霊も乗せ、冥福と被災地の復興を祈りながら、あの世へ送り出している。

  舟っこに関わる若者を確保し、次世代へ地域文化を伝承していくことが、参加団体共通の課題。武藤さん(62)は「若い頃はよく分からなかったが、やっぱり使命感を感じる。『おめだちのところで終わりになった』と言われないよう、しっかりやらなければ」と気を引き締めた。
     (馬場恵)


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