盛岡タイムス Web News 2014年  8月  18日 (月)

       

■  〈幸遊記〉188 照井顕 牛崎隆のドラマーな教え方


 クラシックの殿堂として1891年にオープンした、NYのカーネギーホール。その舞台に、初めてジャズが登場したのは、オープンからほぼ半世紀が経た1938年。しかも白人、黒人が一緒の舞台に立ったのも初めてという快挙。それを成し遂げたのは、クラリネット奏者としてジャズ史に残る金字塔を立てた、ベニー・グットマン(1909〜86)。そのカーネギーホールコンサートの完全版CDを持参して、聴かせてくれたのは牛崎隆さん(67)だった。

  彼は開運橋のジョニーに現れるたびに、バックの中から、実にさまざまなCDを、まるでマジックのように取り出しながら、次はこれを、とニッコリするのだが、そのほとんどのCDは僕の知らないワールドミュージックの世界。時折、僕がひっかかるCDは、借りて聴き直すこともある。たとえば、2011年12月に70歳で亡くなった、セザリア・エヴォラが歌った「ソダデ」などのファドは、実に素晴らしかったりする。

  何せ彼、牛崎さんは僕と同い歳とあって互いに音楽の話に花が咲く。先日などは、高校の卒業式の日ジャズ喫茶に連れていってもらったという彼の教え子が1人で僕の店に現れたりもした。とにかく彼は音楽好き。弘前大学時代は当時、弘前にあった「美寿々」や「オーヨー」といったジャズ喫茶通い。クラシックはドイツ語の先生の家に押しかけ、奥さんの手料理をごちそうになりながら聴かせてもらったという。

  久慈、一関一、花巻北、遠野、伊保内、盛岡二と高校で英語を教えてきた彼。定年後も講師として一関一、現盛岡北高で教べんを執っているが、モットーは絶対イエス、ノーで答えるな=B書けない言葉を使うな!∞即興(変奏、アドリブ)が大事なんだ≠ニ教え方も少しジャズっぽい。教師としての出だしは中学校そして小学校。さらに、採用試験を受け直して高校で教えるようになった彼の道も面白い。

  カバンの中から、時折ワイヤーブラシを出して、ドラムに向かい、音楽に合わせてリズムを取りながら「教えられたことは忘れる、自分で覚えたことは忘れない」と言いながらニッコリと笑う彼は、ドラマーチックな音と共に生きてきた感じがする。
(カフェジャズ開運橋のジョニー)



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