盛岡タイムス Web News 2014年  8月  27日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉397 伊藤幸子 「この世あの世」


 さりともと思ふ心にはかられて世にもけふまでいける命か
                                 雨月物語

 なんとも慌ただしく、この世あの世を行ったり来たり、お盆の日々が過ぎていった。盆棚をしつらえ、赤飯を炊き、生者の饗応(きょうおう)もこなしつつ、ふとした時間の隙間に読めるよう「雨月物語」を傍らに置いていた。短編だからいつ読んでも、どこを読んでも心にしみるものがある。

  きょうは「浅茅(あさぢ)が宿」の章。時は室町時代、下総の国に勝四郎という男ありけり。百姓仕事よりも京へ行って商いをしようと計る。彼の妻「宮木(みやぎ)なるものは、人の目とむるばかりのかたちに心ばへも愚かならずありけり」とて、夫の出立を反対するが、秋には帰るからと行ってしまった。

  しかし戦国時代のただなか、いつしかに「七とせがほどは夢のごとくに過しぬ」。京の内外では戦乱がいっそう激しくなり、疫病もまん延し、屍(かばね)はちまたにあふれた。勝四郎、今はすっかりおちぶれて故郷に帰ってきた。

  されど村の風景は一変し、田畑は荒れ、川の継橋(つぎはし)も壊されて道も分からない。たまたま残っている家を訪ねると「誰?」ととがむる声、それは「いたうねび(老い)たれど、まさしく妻ぞと胸騒ぎ、くりごとぞはてしなき」。

  ああ、よかった、再会できて。窓の障子の破れ目から松風が吹き込み、夜通し寒かったが長い旅路の疲れからぐっすりと眠った。そして夜明けごろ、それにしても寒いことよと寝具を掛けようと探る手に、さやさやと妙な音がして、顔にはひやひやと何かこぼれてくる。気がつけばそこに屋根はなし、戸もなし、壁には蔦(つた)や葛(くず)が伸び放題…さても共臥ししたる妻はいづちに行きけんや…との場面。

  こはいかに、ちがや生いしげる野の宿に、むかし寝所なりし所の簀子(すのこ)を払い、土を盛って塚とし、木の端を削った面にまさしく妻の筆跡に、かの歌が書かれているではないか。「それでもいつかはお帰りになると思うその心にあざむかれて、よくも今日までこの世に生きながらえてきたものよ…」と解される。

  別れ住んで七年、勝四郎はこれまで妻の生死に半信半疑だったものを、この塚は厳然と死の証明を示している。「さりとて何年何月に終りしさへ知らぬ浅ましさよ。涙をとどめて立ち出づれば、日高くさし昇りぬ」私はいつも、この末尾に感嘆する。

  ふと、祭壇の灯(あかり)が呼吸のようにゆらめいた。わが家にも、あの世からの客人たちが来ているようだ――。
(八幡平市、歌人)




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