盛岡タイムス Web News 2014年  9月  3日 (水)

       

■  新渡戸稲造 異国に開いた石割桜 盛岡市内丸教会 カバー絵に故郷の山河 メリー夫人著「幼き日の思い出」初版


     
   「REMINISCENCES OF CHILDHOOD」のカバーを広げると盛岡の風景をイメージさせる一枚の絵になる  
   「REMINISCENCES OF CHILDHOOD」のカバーを広げると盛岡の風景をイメージさせる一枚の絵になる  

 盛岡市出身の国際人、新渡戸稲造を支えたメリー夫人(日本名・新渡戸萬里子)の著述「REMINISCENCES OF CHILDHOOD(幼き日の思い出)」のカバー付きの初版本(1934年発行)が盛岡市で見つかった。カバーを含めて残っている初版本は国内外でも数少ない。カバー絵は、9歳の稲造が兄道郎と、かごで上京する場面が描かれ、背景には石割桜、擬宝珠、岩手山をイメージさせる盛岡の風景が描かれている。新渡戸基金常務理事で事務局長の藤井茂さんは「上京という、新渡戸のその後の人生のきっかけとなる場面が描かれ、本書の内容を象徴している。カバーを含めたほぼ完全な形の初版本は珍しい」と話す。

  初版本が保管されていたのは、盛岡市中央通1丁目の内丸教会(中原眞澄牧師)の牧師館。大量の明治・大正期の聖書とともに見つかった。

  「REMINISCENCES OF CHILDHOOD」は、34年12月に丸善(当時の東京市)から発行。新渡戸が国際連盟事務次長時代に執筆した原稿が基になっており、盛岡、東京時代を経て札幌農学校に向かうまでの思い出がつづられている。新渡戸がカナダで没した翌年、メリー夫人が英文で一冊にまとめて発行した。

  2007年には、新渡戸の孫の加藤武子さんの翻訳をつけて「幼き日の思い出」として新渡戸基金(内川頴一郎理事長、盛岡市)からも出版されている。

  カバー絵は盛岡の風景を象徴するようなデザインだが、藤井さんは「メリー夫人が盛岡に来たのは1回程度で、それほど盛岡に詳しくなかったと思われる。このようなデザインになったのは新渡戸の親類のアドバイスもあったのでは」と推測する。

  新渡戸がかごに乗っている絵は、着物の絵柄は違うが本文の挿絵にもあり、画家は同じ「Shoshun Otake」と思われる。カバーの小口(見返しにかかる部分)では、この画家について「日本人が失いつつある鋭いビジョンを持ち併せた画家」と紹介されている。

  本書のカバー付きの初版本は、新渡戸の養子の孝夫が学んでいたアメリカ・ペンシルベニア州のハバフォード大学に所蔵されていることが分かっている。初版本の本体(カバーなし)は、盛岡市先人記念館(千田順一館長)の新渡戸稲造記念室でも見ることができる。

  内丸教会は1880年創設。中原牧師は新渡戸基金会員でもある。メリー夫人について「聡明なだけではなく、最後まで新渡戸に寄り添った強い人だったと思う」と話した。

  今回見つかった初版本の本文最後のページには、余白に「15 aug 1936 sunday morning」のサインがある。この本を読んだ宣教師か牧師が読み終わった日付を記したものと思われ、発行当時から関心が寄せられていたことがうかがえる。


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