盛岡タイムス Web News 2014年  9月  17日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉401 伊藤幸子 「月はながめるもの」


 月みればちぢに物こそかなしけれわが身ひとつの秋にはあらねど
                                    大江千里

 9月8日は十五夜だった。東京の長女が電話をくれて「お月さま見える?」という。「今、彼から電話で、今夜はお月見だから、月餅買って帰るって、中国の故事来歴を語るのよ。長いからあとは帰ってから聞かせてって言ったんだけどね」と笑っている。残念ながらうちの辺りでは雲が垂れ込め、輝く月の出は見られなかった。

  でも、だんだん雲が切れ、11時ごろにはくっきりと晴れわたり、色濃く見事なお月さまが中天に浮かび上がった。うさぎか影か知らないけれど、月面をもやもやと這(は)う物体も見える。

  「ああ、何用あって月世界へ―」と思わずつぶやく。この世でお目もじかなうなら、ぜひその謦咳(けいがい)に接したかった人、山本夏彦さんの一文を思う。「『何用あって月世界へ』これは題である。『月はながめるものである』これは副題である。そしたら、もうなんにも言うことがないのに気がついた。これだけで分る人には分る。分らぬ人には千万言を費しても分らぬと気がついたのである…」月に着陸したアポロに寄せて「神々のすることを人間がすれば必ずばちがあたる」と言い、「月はながめるものである」と結ぶ。

  氏のおびただしい著書の中でも「世は〆切」のあとがきに打たれる。「私は古本のなかで、死んだ人の紹介で死んだ人を知ったのである。それは生きている人の紹介で生きている人を知るのと同じである。従って私は生きている人と死んだ人を区別しない」とある。それはそのまま「生きている人と死んだ人」というタイトルで一本にまとめられている。

  このタイトルの名人と言われていることに対して「産経抄」の石井英夫氏とのやりとりがおもしろい。山本氏に対して石井氏いわく、「あんたはご自分の本に題をつけるのがうまいとお思いのようだが、『生きている人と死んだ人』ほかにどんな人がいますか」と笑った。

  第40回菊池寛賞受賞の石井氏の祝詞を、32回受賞の山本氏が述べ、山本氏の「毒言独語」の解説を石井氏が書く。読者冥利(みょうり)とはこのこと。

  平成12年刊の「百年分を一時間で」の中で対談相手に「一番好きなタイトルは?」と問われて山本さん「私がさがせば必ずない」「家はあれども帰るを得ず」をあげておられる。「生は死ぬまでのひまつぶし」とは氏の口ぐせ、文ぐせであったと、石井氏の解説。平成14年10月23日、87歳にて永眠。
(八幡平市、歌人)



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