盛岡タイムス Web News 2014年  9月  17日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉239 三浦勲夫 赤毛のアン


 「赤毛のアン」は原題が「緑の切妻屋根のアン」(直訳)でL・M・モンゴメリー(カナダ、1874―1942)の作品である。1952年日本初訳。翻訳者は村岡花子(1893―1968)。彼女はカナダ系のミッション・スクール、東洋英和女学校に学んだ。太平洋戦争が始まる2年前(1939年)、日本を去るカナダ人女教師が友情の印に原作本を彼女に贈った。

  アンは生後すぐ両親と死別し、叔母に引き取られるが11歳の時に孤児院に入れられる。赤毛、そばかす、痩せっぽちの少女だが、カスバート老兄妹に引き取られる。力仕事ができる男児を求めたのに、手違いで女児のアンがやって来た。初めは不満だったマリラも兄マシュウ同様、明るく、夢見がちで、おしゃべりなアンの魅力のとりこになる。

  学校に上がり、ダイアナという少女と生涯の友情を結ぶ。ギルバートという成績優秀な少年と成績を競い、一番で卒業する。上級学校、大学と進学するが、家計の困窮のため大学入学を断念、故郷の教員となる。ギルバートは大学を終える。小学校で仲たがいした二人だが仲直りをする。アンはカスバート家に帰り、兄亡きあと視力がめっきり弱ったマリラを助けて切妻屋根の家を守って暮らす。

  何度か映画化もされた。1985年作では初めてプリンス・エドワード島ロケを行った。この映画の第3部は原作を離れて、第一次世界大戦に巻き込まれるアンとギルバートの苦難を設定した。フランス戦線に送られ、行方不明になる彼をアンは現地で苦労して探す。生後すぐ両親を失い、孤児院、養女、養父の死、などの苦難をなめたアンに、平穏な田舎生活の中で静かに終わらせず、時代の不穏な空気に巻き込まれる展開とした。

  シリーズ第1作は1908年、第一次大戦の6年前に出版された。以後の作品では、否応なく若者たちが兵士に取られる時代背景となる。小説は、人生の不可抗力の不幸と戦時下でも可能な限り幸福を追求する努力を描いた。人類が経験した第一次世界大戦は、かつてない規模の苦悩と悲惨をもたらした。映画の第3部は、大戦の計り知れない恐怖と不安に脅かされつつ、平和と幸福を守ろうとした個人の生活信条を描く意図を込めた。

  村岡花子も、第二次大戦中、東京空襲のさなかで、作品をやがて日本に紹介し、平和の尊さを訴えようとしつつ翻訳したのだろう。世界は、第一次大戦に継ぎ第二次大戦も戦った。若い兵士が恋人、夫、息子として命を国にささげ、敵国の兵と殺し合いを交えた。アンが暮らしたカナダ東岸のプリンス・エドワード島は、戦乱を遠く隔たった、平和の地であるはずだった。現実はこの島にも、どこの国にも、暗い魔手を伸ばした。

  第一次世界大戦がそれ以前の戦乱と違った点を、心理学者のフロイトが指摘している(「人はなぜ戦争をするのか」)。殺人は個人の段階では罪として罰せられる。しかし、大戦においては国がこれを奨励し公認した。人の心には、人を殺すべからずという良心がある半面、人を殺したい、憎みたいという欲求もある。通常はその欲求を理性、教育、道徳が抑える。大戦はその欲求を逆に奨励した。敗戦国は裁かれ、戦勝国でも戦争殺人のトラウマが体験者を苦しめた。第一次大戦開始(1914年)から百年を経たが、核兵器におびえながらも地上に戦乱が絶えない現在、「赤毛のアン」が示唆するものは大きい。


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