盛岡タイムス Web News 2014年  10月  2日 (木)

       

■  〈風の筆〉70 沢村澄子 「裏を打つ」


 書道用の紙に作品を書いても、そのままでは微弱で展示に不向きなので、もう1枚裏にしっかりとした紙を貼る。これを裏打ち作業といい、さらにそこから掛け軸、びょうぶなどへ仕立てていくことを表具と呼ぶ。そのプロが表具屋さんだ。

  わたしはビンボービンボーこの上ないため、裏打ちはほとんど自分でやる。壁画みたいな大作ばかり書くから、これをみんな表具屋さんにお願いしていたら、まず破産。締め切りぎりぎりまでしがみつくように書くことも、人様にお願いできない理由の一つ。数日徹夜で書いて、またまた徹夜で裏を打ち、それからそのまま朝まで搬入、なんてことも、昔は普通だった。

  最近さすがに徹夜はないが、不器用者のくせに、自分はこの裏打ち作業が嫌いではないらしい。新聞紙の上に作品を置き、裏から霧吹きで水分を一様に与え、その余分を吸わせた新聞紙をはずすと、作品を刷毛(はけ)でキレイに展(の)ばす。裏に当てる紙に薄いのりを施し、作品に張って持ち上げ、ベニヤ板に張り、乾燥を待ち、切り取る。作業台に付いたのりを何度も拭き取りながら、大きい刷毛、小さい刷毛、固い毛、柔らかいの、のり刷毛、カッター、定規、雑巾などを次々に持ち替え、展ばしたり張ったり押さえたり持ち上げたりを延々繰り返す。失敗すれば作品を捨てることになるから、緊張度の高い作業でもある。

  書をする人に「一度は自分でやった方がいいよ」などと勧めるものだから「だから仕事が減るんだ」と表具屋さんにいつも苦笑いさせているけれど、それでも自らを省みるために、たまには自分でやってみるのがいいと思う。やってみて初めて分かるプロのすごさ、人の苦労。数枚作品をパーにしたとしても、その価値は間違いなく十二分にある。

  いい書を書く秘訣(ひけつ)って、実は至極簡単なことなのだ。全ての瞬間、その一瞬一瞬に、余計なことを一切しないこと。

  筆にかける圧力、筆を運ぶスピード、筆を止めておくべき時間、補うべき墨、などなど、なすべきことをその都度、間違えないで、出すぎたことをせず、なすべきを怠らず。このことさえ守っていれば、美は自ずと生じてくる。

  ところが実際書いている時には、手本が気になったり、他人のことを気にしたりの一所懸命で、そこで自分がどんな勝手をして、その大事を壊していたとしても、まず、それに気付かない。 

  その点裏打ち作業では、少し水が多くても刷毛をほんのちょっと強く当てただけでも紙は破れ、のりを1_付け忘れたところから作品は裂ける。自分の行いそのままズバリが目に見える形で自分に返るから、調和から自分を遠くしてしまっている自らの傲慢(ごうまん)、怠惰、デタラメ、短気、ワガママ…などに向き合うのに、この作業は大変都合がいい。

  また、この単純作業を繰り返すうちに無心になり、いくら考えても悩んでも分からなかったことにハタと答が出ることも、ままある。
     (盛岡市、書家)
 


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