盛岡タイムス Web News 2014年  11月  2日 (日)

       

■  社会奉仕やその道の範 秋の褒章に県内から13人


 2014年秋の褒章は2日発表された。人命救助や社会奉仕に従事し、学術・芸術分野の事績顕著な人たちに贈られ、今回は全国で756人(うち女性165人)が受章した。このうち本県は社会奉仕活動で緑綬1人、建設分野で他の模範となった黄綬4人、民生児童委員や少年院篤志面接委員など藍綬8人の計13人、県外在住で本県が本籍の1人が受章した。

     
   「皆さんの協力のおかげで今の私がある」と感謝する深谷詩子さん  
   「皆さんの協力のおかげで今の私がある」と感謝する深谷詩子さん  

 雫石町ボランティア活動センター運営協議会長の深谷詩子(しいこ)さん(70)=雫石町長山=は、お年寄りが集うふれあいサロンの立ち上げや心配ごと相談員などの奉仕活動を通じて、町民の日々の暮らしに「安心」の種をまいてきた。

  買い物や通院に付き添ったり、悩み事を聞いたり。生活の福祉につながるボランティアが中心。一つひとつの活動は形に残るものではないが、「人と人との巡り合いの中でたくさんの心を頂いてきた」と感謝する。

  秋田県鹿角市出身。父親は戦死し、体が不自由だった祖母が家長の家庭で育った。祖母が求めているものを察し、家族が協力し合う暮らしがすぐそばにあった。その感覚が今の土台になっている。

  「(ボランティアを)『してあげる』という気持ちは一つもなくて、生活の一部。その方の立場を理解し、相手が求めているそこだけに寄り添うことを心掛けてきた」

  相手は一人の人間で、信頼関係があってこそ成り立つ活動。まずは同じ目線に立ち、表情や言葉の端々で、相手の生活環境や性格などの理解に努める。

  「その方の気持ちに入り過ぎたり、歩けるのに手を添えたりすることが失礼に当たる時もある。必要以上には入っていかない」と心に決め、常に謙虚で相手の気持ちを尊重してきた。

  転勤族で1978年に雫石に越してきた。「お寺の草取りなどはありますか」と役場に電話し、奉仕の意思を伝えたことが始まり。その後、町社協主催のボランティア養成講座を受講し、修了生で83年にボランティアグループ「野菊の会」を立ち上げた。

  「ふ」つうの「く」らしを「し」あわせに―。深谷さんにとって毎日の暮らしが福祉。「一人ひとりの生活は人それぞれで、その人、その人の福祉は深くて広い。まだまだ行き渡っていないが、必要としてくださる方がいれば寄り添っていきたい」と話す。


     
  大切な語録を手にする佐々木滿さん  
  大切な語録を手にする佐々木滿さん
 

  盛岡少年院篤志面接委員の佐々木滿さん(81)=盛岡市青山1=は、月2回の面接で少年たちとの語り合いを委嘱から21年経過した現在も続けている。高校教員時代から、感銘を受けた歌詞や詩を書きとめている語録が面接でのテキストになっている。

  さだまさし作「償い」は、自らの事故で人を死なせ、「人殺し」とののしられた遺族に宛てて脇目も振らず仕送りを続け、許しを得るストーリー。金銭トラブルが原因で少年院に送られた少年に読んで聞かせた。少年は自らの犯した過ちを反省する感想文をつづった。

  京都の住職、暁烏敏(あけがらす・はや)の「十億の人に十億の母あらむも わが母にまさる母ありなむ」や坂村真民の詩「二度とない人生だから」、山本有三「路傍の石」の一節など。佐々木さんの心を打った言葉を、少年たちに届けた。

  「初対面の時は何を話したらよいか分からない。少年も緊張して話さない。まず自己紹介をして、通い続けるうちに話せるようになり、日常のことや趣味のことなどを話していくと、相手から話を始める」

  少年たちは素直で純朴で「どうして在院しているのかと思うぐらい」と驚くことも。「一人で何か悪いことをするのではない。集団・グループになって悪いことを怖がらずにやってしまうのではないか」と感じる。

  少年たちは退院後のグループからの報復や再び悪い道へ引き込まれる不安をにじませながらも、進路への希望を話すという。

  12月で82歳。「少年院の職員に一生懸命指導してもらって続けている」と感謝しながら「歩ける限りはこれからも続けたい」と意欲を見せる。大きな体に張りのある声。少年との語り合いから、佐々木さんは元気をもらっているようだ。


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