盛岡タイムス Web News 2014年  11月  4日 (火)

       

■  〈おらがまちかど〉36 山下浩平 紫波町 船久保地域 かつて子どもの秘密基地 管理3代目の松坂嵩さん 県史跡洞窟の案内人


     
  船久保洞窟の3代目管理者、松坂嵩さん  
 
船久保洞窟の3代目管理者、松坂嵩さん
 

 紫波町船久保地内には、研究者や歴史愛好家にとっては言わずと知れた名所「船久保洞窟」(県指定史跡)がある。縄文時代の土器が多く見つかっている場所で、縄文人の住居跡とみられている。同史跡の管理に携わり、3代目となるのが松坂嵩さん。訪問客に発見当時の様子など、概要を説明しているという。

  洞窟が発見されたのは1928(昭和3)年。見つかる以前は周辺で、松坂さんの先祖が石灰を採集していたという。「地元の猟師が犬を伴って入山したとき、洞穴から犬が落ちて出て来なかったと聞いている」と話す。

  発見当時の入り口は狭かったために現在の入り口が作られたが、内部は自然な状態で保存。手すりなどは一切なく、真横を向いてやっと入れるような道もある。唯一設置されている照明は明る過ぎず、洞窟の雰囲気を一層盛り立てる。洞窟内は年間を通して温度が12度と安定しており、縄文人の生活の名残もあるという。内部には相当の広さがあり、土器や人骨も見つかっている。コウモリもおり、子どもたちには人気という。

  洞窟は昔の子どもたちの遊び場になっていたという。松坂さんは「80〜90歳の人たちに聞いた話だが、当時の子どもたちの中には学校に行かず、弁当を持って洞窟に入り、遊んでいたという。いわゆる秘密基地だったのだろう。縄文人もおそらく冬になると、洞窟に入り寒さをしのいでいたのではないか」と推測する。

  来客があると入場料を取って案内しているが、松坂さんは農業が主の仕事。案内所などは置いていなく、電話での予約などがあると、農作業の合間に案内している。

  松坂さんは「県外からの来客もあり、何も加工していない自然な状態が残っているので、喜ばれている。船久保を含む赤沢地区では、地域の財産を生かそうと『赤沢まるごと博物館』が計画されているが、この洞窟についても良い活用法が生まれれば」と期待している。
    (山下浩平)


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