盛岡タイムス Web News 2014年  11月  24日 (月)

       

■  〈幸遊記〉202 照井顕 安田信治の七戸國夫さん


 秋になると、毎年僕の店に現れる安田信治さん(55)は、今年もやって来て、ビールを飲みながらいろんな話をし、ギターも弾いてくれた。振り返ってみれば彼とはもう20年になる。1994年に交通事故でこの世を去った盛岡一高出身の名ギタリスト・七戸國夫さん(1947―94)の愛弟子。彼が七戸さんに出会ったのは20才の頃で、上京して横浜に住んでいた時だ。商店街の2階にギター教室の看板を見つけたのが、きっかけ。高校時代、自分で詩を書き、友達とグループを作って、フォークソングを歌い、コンテストに応募までしていたほど、ギターの大好きな青年だった。

  本格的にギターを習ってみたいと入門し、毎週日曜日一度も欠かさず5年間通い続けた彼。「七戸さんの教え方は、普通の型通りではなく、音楽的なことを、いきなり深いところから教える人で、形のきれいさ、無駄の無い運指、そこからさらに削る音の美しさ、そこにいかないと(到達しないと)分からないことは、酒飲みましょうか?って話もしてくれた。厳しいのに優しく弾く師匠でした」と彼。

  仕事の関係から5年間のブランクののち、30才で再度、七戸さんに頼んで、習い始め2年した頃の事故死だった。その後、七戸さんの奥様・百合子さんから、七戸さんのギター研究所を任せられ、以来15年余り、教える側に立ってきた彼。「生徒さんたちに、時折、七戸さんから教わったようにしゃべりながら教えている自分に、ビックリすることがある」と言ってテレ笑いした。「音を大事にして弾く、それは相当大事なこと。子どもから学生、ご婦人、先輩と、生徒も様々だが下手でも、演奏家になれ≠ニ言われた師のことばを胸に、優しく教えている」のだという安田さん。

  平日は昼からパートで車のタイヤ屋に。土日は競馬のJRAに勤め丸25年。昔やってた庭師の仕事も時折頼まれる、そんな忙しさの中「見えない帯力をしていた七戸さん」の、その気骨を受け継ぎアンドレス・セゴビア(1893―1987)、ナルシソ・イエペス(1927―97)と並ぶ世界三大ギタリストのジョン・ウィリアムス(1932―)が使っていた名器・グレッグスモールマン(七戸さん愛用遺品)を弾き継いでいる。
(カフェジャズ開運橋のジョニー店主)


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