盛岡タイムス Web News 2014年  11月  26日 (水)

       

■  〈イタリアンチロルの昼下がり〉214 及川彩子 骸骨堂の大修復


     
   
     

 イタリアをはじめ、カトリックの国々では、11月2日は「死者の日」。年に一度の墓参りの日で、国民的休日です。

  この日、私は所用で訪れたポルトガルの首都リスボン近郊の小さな街にいました。朝、宿の近くの聖フランチェスコ教会に立ち寄ると、カペッラ・デイ・オッシ(骸骨の礼拝堂)の修復現場に遭遇したのです。

  丸天井の広い礼拝堂の壁一面に埋め込まれたミイラ、骸骨、骨…その数5千体。足を踏み入れると、異様な冷たさに包まれます。イタリアにも、骸骨寺は幾つかありますが、昔の僧侶たちは、この先人の霊を身近に感じながら、瞑想(めいそう)したといわれます。

  その日は、奇しくも「死者の日」。数人の女性修復家たちが、足場を組み、専用の道具を並べて、骸骨の一つ一つを丁寧に磨き、カメラで色形を記録しながら、また手を入れるといった作業を繰り返していました〔写真〕。

  その彼女たちの真剣な表情、気の遠くなるような作業を眺めていると、永遠なる魂を感じずにはいられませんでした。

  教会が建てられたのは16世紀初頭の、飢えや疫病など、死が身近だった時代。「死後の世界のために現世を生きる」という生死観で、命があの世に移る不死信仰が、つらいこの世での支えだったのです。

  今は、「死は怖くない」や「長生術」の話題がもてはやされる時代。見て見ぬふりをしてしまいそうな「死」への感覚…そんな日常で、死は、まるで医療の技術的停止、あるいは事故によるアクシデント、また埋葬や喪の習慣も日々薄れ、「死」自体を、無意識に心から疎外しているのかもしれません。

  イタリアの聖人、聖フランチェスコは「歌いながら死を迎えよう」と死の床で言ったといわれます。見上げると、礼拝堂出口に「私たちはいつもあなた方を待っている」というラテン語の黄金の文字。磨かれてさらに輝き、宙に踊っているようでした。


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします