盛岡タイムス Web News 2014年  11月  27日 (木)

       

■  〈風の筆〉78 沢村澄子 牛乳パックに学ぶ


 牛乳パック300枚を貼り継いで巨大な傘を作ると、分かることがある。

  @牛乳パックには、おのおのメーカーによって両面テープのよくくっつくものと、付かないものがある。

  A牛乳パックのデザインにはいろんなものがあるが、赤色がそこには多く使われている(なぜだろう?)。

  B牛乳パック2枚をつなぎとめるには普通のホチキス(10_針)では少し無理。もう少し厚みのある針を使いたい。

  C牛乳パックを開いた部分(開封前にくっついていた部分)には耐水コーティングがなされていない。よって、ここの部分を切り取ってから使わないと、後にここから水がしみてきて全体が弱る原因になる。

  おおよそ大きいところで気になったことは以上。しかし、牛乳パックに穴を開けて針金で結んでも結構破れにくいことなど、他にも想像だけでは分からなかった発見も細々とあった。プライベートなことを報告すれば、わが家で1年間に飲んだ牛乳は156本。2人家族ではやや多いようだ。

  牛乳パックに限らず、布でも傘を作った経験はこれまでなかったから、傘の作り方自体が分からなかった。まず、型紙が欲しいと思ったが、図書館でもネット上でも見つけることができず、結局は捨てようとしていた傘を解体。雲形定規(曲線を引く定規)を持っていなかったので、曲線部分はフリーハンドで型紙を作った。

  牛乳パックをどんどんつないで大きな布のようにした後、その型紙状に裁断。

  実際の傘の接ぎは、中心角45度の8枚ものが多い。牛乳パックは布よりゴワゴワしているので中心角30度の12枚接ぎにすることにした。ところが実際組み立ててみると、なぜか10枚でいっぱいいっぱいになってしまって、2枚分捨てた。なぜそうなったかは、いまだ分からないままだ。

  で、どうしてこんなワケの分からない報告をしているかというと、わたしは言いたいのだ。書をする人がよく「基本が大事」「基礎を習いたい」と言うけれど、基本、基礎って一体何なのか。「自分」以外の何ものでもないのではないのか(ここでの「自分」は「個性」とは異なる)。

  「書道塾」だからあるけれど、「牛乳パックで傘を作る塾」なんてない。「牛乳パックで傘を作る3級」とか「牛乳パックで傘を作る師範」なんてないわけで、多分。習う所がないわけだから、作るしかないんですよ、自分で。やるしかない。

  それで、もし、わたしたちの暮らしが、習ったことでしか成り立ってゆかない、習ったことのみで成り立っている、としたなら、それこそ何とも貧しく弱々しいことに思えてならないのですよ。習ったことしかできない、なんてことは。

  基本となるのは作ろうとする「自分」。どんな作品を作りたいか、どんな社会を作りたいか、どんなあしたを作りたいか、みんな同じこと。その大事な基本、「自分」というものを誰かに習おうだなんて、人任せにしないで。
  (盛岡市、書家)


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