盛岡タイムス Web News 2014年  11月  29日 (土)

       

■ 〈体感思観〉 編集局 菊地由加奈 一杯の重み

 立て続けに執行された雫石町と滝沢市の首長選挙で、この秋、私の机は紅葉した。「赤」がいっぱい入った紙の層で机上は山と化し、某記者の頂につながる山脈ができつつあった11月の初め。雑然の余白に「いつもの味噌汁」という一冊の本が舞い降りた。

  「いつものみそしる」。表題をさっと唱えてみるだけで、心がフクフクとした。語感だけでない。表紙の写真を見れば見るほど、食欲がわき立った。ニンジンにオクラにシメジ、ダイコンに、これはクコの実?がクリーム色の呉汁に浮かんでいる。

  おわんを真上から覗き込み、平面として切り取る様は一種のアートにも思えたが、花より団子派が気になるのはそのお味。「選挙が終わるまではお預け」と胃袋をぎゅうっと締め直した。

  2週間後、編著者の田中文子さんのもとを訪ねた。艦砲射撃を逃れながら口に入れた食糧や米が入手困難だった時の「糧飯」、そして戦後の茶の間に幸せを運んできてくれた、一杯のみそ汁。

  普段、何気なく口にしているみそ汁は、どれだけ日々の暮らしに安堵(あんど)をもたらすのか。忙しさを理由に、家族の食生活をおろそかにしていた自分の愚かさを反省した。

  50余りのレシピはみそ汁の裾野を広げてくれ、その合間、合間で展開される9人のエッセーには、日本人だから分かり合える一杯のありがたみがあった。

  しばれる朝の仕事終わりの「命の一杯」は小苅米さん、藤澤さんは稲わらの匂いと「いか汁」、永島さんは「わかめの在り方」。巡る季節の中で、みそ汁はきょうも誰かの五感を刺激し、生きる活力となり、芳醇(ほうじゅん)な文化さえも宿す。

  健康は一日にしてならず−。この本と出合い、ようやく家族の幸せは食事にあることを理解した。一口すするだけで、心がほぐれるようなみそ汁を目指して、まずはだしの取り方から主婦修行を重ねたい。暮らしを整えるヒントを授けてくださった田中さんには心から感謝したい。


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