盛岡タイムス Web News 2014年  12月  3日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉412 伊藤幸子 「殿上の猫」


 いかにして過ぎにしかたを過ぐしけんくらしわづらふ昨日今日かな
                                   枕草子・宰相の君

 天と地とけじめもないような暗く寒い日々。こたつから出られない自分を笑って「こたつ猫」とつぶやきながら、いにしえの物語にもおもしろい話があったことを思い出した。

  それは私のような無位無冠の人間ではなく、猫といえども五位という昇殿を許された殿上猫のことで、「命婦(みょうぶ)のおもと」と呼ばれていた。時は一条天皇の宮廷サロン、中宮定子に仕えた清少納言の筆がさえる。うへにさぶらふ御猫にはなんと人間の「馬の命婦」という乳母(めのと)までついていたというから驚きだ。

  この猫殿、御殿の端に出でてふしたるところ、日のさし入りたるに、ねぶりてゐたるをかの乳母がとがめる。「命婦のおもと、五位の方ともあろうものが、そんな端近くまで出るものではありません」と言ったかどうか。いや「扇もて、かんばせをお隠しなされ」と言ったのではないかと私など場面を脚色して楽しむ。

  乳母「あな、まさなや(いけませんね)。入り給へ」と猫にも敬語で呼び掛ける。それでも眠そうな目をして動かない。なにも自分で出ていってつれてくればよさそうなものだが、女人が顔も隠さずに外へ出るのははばかられる。

  じれったくなった乳母はびっくりさせようと犬を呼んだ。「翁丸、いづら。命婦のおとどくへ」このところの原文は読むたびに笑える。「おとど」は「おもと」同様婦人の敬称。ひらがなで「くへ」とあるのは「食へ」と合点がいくまでややしばらくかかった。自分が仕える主人(猫)に食いついておしまいというあたり、明るい使用人の本音が見える。

  ああ、しかしタイミングが悪かった。清涼殿の一室では天皇がお食事の最中でいらした。日頃、大層かわいがっておられる猫がおびえて駆け込んできたため、天皇いみじくおどろかせ給ふ。すぐ猫をふところに入れさせ給ひて「この翁丸、うちてうじて(打ちのめして)犬島へつかはせ」とおほせらる。さらにけしかけた乳母もとがめられ解任させられた。この翁丸、さんざんこらしめられ追放されたのに、また勅命もはばからず帰ってきた。「あはれ、翁丸をいみじうも打ちしかな。さは翁丸か」と問へばひれ伏してなく。

  ここのところがひらがなで「なく」。泣くと言えば犬の身分であまりに心情的だけれど、鳴くでは翁丸の気持ちが救われないか。「人などこそ、人にいはれて泣きなどはすれ」と、枕草子、清少納言の意味深長な一文が私を悩まし続けている。
(八幡平市、歌人)



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