盛岡タイムス Web News 2014年  12月  4日 (木)

       

■  〈風の筆〉79 沢村澄子 吉野家デビュー


 個展があって、17日間東京暮らし。半月余りも外食が続くと、さすがにどっかが参ってくる。食べたいものはフツーのゴハン。納豆、ホウレンソウのおひたし、ゴボウ・レンコンのお煮しめ、温かい湯気の上がったご飯、ワカメのおみそ汁。

  それでついに、牛丼の吉野家ののれんをくぐった。いや、のれんはなくて、「軽く触れてください」とシールの貼られた自動ドアにその通り触ると、ウイ〜ンとドアが開いてズズイと踏み込み、それがわたしの吉野家デビュー。1人で食べる朝定食370円。ご飯からもみそ汁からも湯気が上がっているのがうれしかった。

  食べに行ったのは6時だったり8時だったりとキママだったが、10日ほど通って女の人に会ったのは1度だけ。70代くらいのおばあさんが、8時ごろ、1人カウンターで鮭定食を食べていた。わたしはどうしてもカウンターで食べることができなくて、連日1人で4人掛けの席を乗っ取って食べた。

  初日はただお金を払って店を出た。2日目には50円割り引き券を渡された。3日目にはスタンプを集める台紙を渡されて、徐々に常連とみなされていく感じが手に取るように分かった。

  1日目の緊張も、のどもと過ぎればナントヤラ。で、日増しにフツーになってくる。いや、そもそも、これまでなぜ吉野家に入りにくかったのか。入れなかったのか。そんなことを不思議に思いながら、コインランドリーを回しておいて食べに行って、10人余りの男性が食べているところへ入店。一斉に突き刺さってくる視線。ギョっと飛び上がった時には、一瞬集まったそれも、もうそのおのおのへと戻っていたのだけれども。

  異物。自らをそう認識したのはその時だった。しかし、その時は何に対しての異物かは分からなかった。

  画廊で、地元の女性新聞記者さんに「吉野家デビューしたんですよ」と報告。「どうして今まで入れなかったのかしら」「おじさんがたくさんいる、ってイメージが強いんじゃないですか」「そういえばそう。若い男の子もいましたけど」「女性が多くいる店に男性が入りづらいのと同じですよね」「そうですよね。女の子であふれた店におじさんは入りにくいかも…」。そこへ画廊主いわく「旅人だから入れたんじゃない?」確かに。家にいたらフツウご飯の毎日ですもの。納豆だって連日普通に食べられます。「旅人の自由を吉野家で使っちゃったんですね!」記者さんにそう言われて、皆で笑った。

  その時、なぜ自分が4人掛けのボックス席に陣取ったかが分かった。やはり、男性と同類として並んで食べることができなかったのだ。おりか何かで、自分を囲っておきたかった。

  それで、翌日も朝定食べながら、男とは何か女とは何か、なんて考えたりしたのだけれど、この世のいろんな線引きやルールの大概は「そこ」で何かを守りたい人が「つくる」んだよね。本来ないものを。だから、「そこ」に住まない旅人には関係がなかったりする。いや、国境もあれば、パスポートだって必要だ。けれど、もし、人生そのものが旅で、自身を永遠の旅人だと思うなら、多くの縛りが消えて、も少し自由に生きられるのではないかしら、と思ったのだ、吉野家で。
     (盛岡市、書家)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします