盛岡タイムス Web News 2014年  12月  24日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉253 三浦勲夫 子は親の鏡


 ザック、ザック、ザック。12月後半、夕方6時の道はもう暗い。バスを降りるとザラザラに凍った雪が案外深い。歩きにくいので、いっそ走れ、と小走りになる。家に着くと体も中から温かい。コーヒーとケーキでさらに温まる。宮古で仕事をして盛岡に帰った。海沿いは雪もなく暖かったが、内陸は雪が深い。

  この週は忙しかった。人間ドック、花巻の英語教室、盛岡の幼稚園でクリスマス会。幼稚園ではサンタクロースの役を果たして、意外な「可能性」(?)が出せた。子どもたちのあどけなさ、無邪気さ、元気さ。家では見せない、集団の中での反応と行動。内気な子もいる。花なら小さなつぼみである。

  園長先生がサンタさんをみんなに紹介する。子どもたちの質問にサンタさんが英語で答える。英語の歌を歌って聞かせる。子どもたちから「献金箱」を受け取る。「困っている子たちに渡しますよ」。一人ひとりにプレゼントを渡す。教室に戻る子どもたちに、手を振ってさようなら、をする。教室で先生のお話を聞いて、また戻って来る子どもたちと記念撮影をする。

  質問は「ジュースは何が好きですか」「果物は何が好きですか」「何で来ましたか」「年齢はいくつですか」「トナカイはどこに置いてきましたか」など。「ウーン、緊張する」という子もいた。「バイバイ」「スィーユー」「サンキュー」とプレゼントを受け取った子どもたちも英語であいさつして部屋に戻る。その顔や姿や声が強く印象に刻まれた。その印象を通して、大人たちを逆にたどることもできる。人間ドックに来た人たち。英語学習会の人たち。学生。みんな、子ども時代を経てきた。大人がどこやら、愛らしく見えてくる。

  ワーズワース(18世紀英国の詩人)は「子どもは大人の父」という詩を書いた。しかし「父」だけではなく「母」でもある。親であることを忘れる親もいる。子どもは大人たちに人の心の在り方を教えてくれる。まさに「子は親の鏡」である。大人が忘れた子ども心に気付かせてくれる。サンタクロースをイギリスでは「ファーザークリスマス」と言うが、それがワーズワースの詩を連想させた。改心した金貸しスクルージ(「クリスマスキャロル」)も思い出させてくれた。

  宮古に続く細い国道を挟む両側はほぼ岩の崖である。冬になると葉を落とした木々が岩から生え出ているのが見える。ILC(国際リニア・コライダー)の建設予定地と同じ北上山地の固い岩盤である。岩に根を張る木は、驚くべき生命力である。しなやかな木々は風にも、雪にも倒れない。「寒いだろうなあ」「痛いだろうなあ」と見上げながら思う。しかし、岩場にしっかりと踏みとどまって一生懸命に生きている。

  人間も生まれてからたどる人生は、山あり、谷あり、岩場あり。風あり、雨あり、雪もある。木々が集まって冬を越し、春には新しい芽を吹く。日中は谷間にも日が差すが、冬の夕方は暗く寂しい。辛抱の季節である。車中そんな思いに駆られるが、バスは終点の盛岡駅に着く。バスの乗り換えを辛抱して待ち、遅れて来るバスに乗る。高校生、勤め人、親子連れ、シルバー席の人。ほっとして人が寄り集まる。バスを降りて、意外に深い解け残りのざらめ雪を小走りする。ザックザックザック。年末年始、すこし足腰を鍛えよう。
(岩手大学名誉教授)


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