盛岡タイムス Web News 2015年  2月  5日 (木)

       

■  〈風の筆〉87 沢村澄子 松林図(上)


 「墨だ!展」というのが東京都墨田区のギャラリーアビアントであって、年明け早々に上京するのが定例になりつつある。物故、現存の作家入り乱れての書の展示で、書家以外の出品も多い。

  池田満寿夫、土門拳、熊谷守一、棟方志功、梅原龍三郎、夏目漱石、林芙美子、原敬、与謝野晶子…といった先人たちに交じって自分の書も並んでいると、どことなく落ち着かなく、ここではいつも自分の書家くささを感じて情けなくなる。チッチェなぁ…アタシ。ヤクザに生きてるふりをしながら、まだまだ守っているそのカスが見苦しく、一方の大家たちはみなドズンと微動だにしない風貌、その大きさがただただ心地よい。

  年明けすぐの東京は展覧会も華やかだから、それをハシゴして回るのも楽しみの一つなのだが、六本木の新国立美術館でどこかの社長さんにバッタリ会った。「せっかくオノボリしてきたんだから、松林図を見てきたらどう」と頂いた東京国立博物館のチケットには、長谷川等伯の松林図屏風が印刷されてある。とっさにわたしが言った。「等伯くらい書けるようになりたいんです」社長さんの顔が?になった。「トーハク(東京国立博物館の愛称)に作品を掛けてほしい」と聞き間違えたらしかった。

  しつこく「等伯くらいまで書けるように…」を繰り返し、やっと真意が伝わると今度は社長さん飛び上がり、「人生3回くらいやり直してこい!」と叱られた。

  うまいこというなぁ…。とわたしは思ったが、3回を1・5回くらいに減らす努力を残りの人生でやりたいと思うところ本気で、それは数年前のある出来事が契機になっている。

  2010年11月、盛岡での個展に、ひょこっと小柄なおじいさんが現れて、未知の人だったが、作品を1点買ってくださった。

  年明けて今度は、ふすまに何か書いてくれという電話。ご病気の奥さんの介護用に丸々バリアフリーの家を一軒、今住む自宅前に建てたが奥さんは入院してしまった。全く使ってない新築の家の、一番小さな部屋のふすまを書いてくれという注文。

  何を書いてもいいと言われ、なぜか浮かんだのが般若心経だった。ところが、ふすま2枚に入らなくて。わたしの字が大きくて。何度も何度も書くがどうしても最後の1行が入らない。そのうち腰痛がひどくなった。それでも諦めきれず、しつこく書いたが、やはりどういうわけかどうしても収まらず、腰痛でいよいよ立ち上がれなくなってきて、よろめきながら「ええい」と1枚きり書いたのが「いろは歌」。それに印を押して、折りたたんで封筒に入れて、表具屋さんに送ったのが2月。そして震災。

  ようやくふすまを見せていただきに訪問したのは、雪も積もった2011年の11月末だった。

  使われていない家のドアが開くと、空気はしんと冷えていて、玄関から数々の美術品が並ぶ中を奥に進み、その先に、小さなドアがあった。そして、「ここです」と言われ、その扉が開いた瞬間、わたしは中から現われ出たものに息をのんだ。
     (盛岡市、書家)


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