盛岡タイムス Web News 2015年  2月  26日 (木)

       

■  〈風の筆〉90 沢村澄子 脱衣場談議


 「こんにちは〜」なんて気楽なあいさつをしながら女湯ののれんをくぐると、脱衣場にはおばあさん1人しかいなかった。

  おばあさんといっても、とてもきれいな人で、70は過ぎている、あるいは80も過ぎているかもしれないと思われたが、長い洗い髪をくるりと巻き上げ、何ともつやっぽい。その手慣れたしぐさに、年季がにじんでいた。

  「モヨウがよくなくて面白くないね」と言われたのだ。その時。とっさに意味をつかみかねて、思わず「え?」と聞き返した。

  「雪が降るでなし、雨になるでなし、なんだかはっきりしなくてな」とおばあさんは言う。なんだ、お天気のことか、と合点しながら「寒くても、少しでも日が出てきてくれればいいんですけど」と返事をすると、「そうさね。はっきりしないのはイヤだね」とおばあさんは言った。

  どんより曇った午後3時。まだ日暮れる時刻でもないというのに、悲しいように窓の外は灰色だった。

  「お天気が悪い」とは言わずに「模様がよくない」と言う。「空模様がよくないから面白くない」なんて言うこのおばあさんの、何て粋なことよ。わたしなどは思わず、今脱ごうと手がけた衣服の柄を言われたのかと、ドキッとしてた。

  そこへ新たに2人のおばあさんが入ってきて、どうやらこの日はデイサービスとかで丸1日滞在して入浴を繰り返しているらしく、「冬はイヤだね。たくさん着てるから何回も脱がねばならねぇ」と訴えながら、セーターやらシャツやら何やらと次々脱いで、脱衣籠を盛々あふれさせてゆく。

  そこへ「家でやるみたいに重ねたままズボって脱ぐわけにいかないものねぇ」と粋なおばあさんが言ったのと、わたしがズボっと脱いだのがほぼ同時だった。

  あらっ、と思いながらも「外でもやってます。いつでもやってます」と居直ると、3人のおばあさんたちがそろって声立てて笑った。 

  わたしは浴室へと逃れた。確かにガラス窓の向こうはグレー一色の重苦しい午後だ。それでも湯船に身を沈めると、あのことこのことさもないことが、一気に湯に溶け出してゆく。

  自宅に戻り辞書を引いた。「空模様」というからには「模様」に「様子」という意味があるはず、と今さらながら確認。あった。そういえば、テレビ中継などでも「そちらの模様をお知らせください」なんて言っている。

  「粋」も引いた。「すっきりとしてあか抜けていて、しかも色気のあること」とある。で、「色気」を引いてみると、「あいきょう、やさしいおもむき」とあり、確かにあのおばあさんには、りんとすっきりした印象はあったけれど、冷たい感じはしなかった。勢い「粋」の対義語の「野暮」も引くと、「気がきかない、洗練されていない」とあり(以上角川『新国語辞典』)、どうもわが身を責められているような気がして、んー。

  それで、いずれにせよ、である。今後脱衣の際には、一枚一枚、ぴらりぴらりと、瀟洒(しょうしゃ)華麗に色っぽく参りましょう。そろそろ、雪も脱ぎ捨てる、春の頃ですもの。
     (盛岡市、書家)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします