盛岡タイムス Web News 2015年  3月  4日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉425 伊藤幸子 「冬の運転」


 自転車に灯油缶載せ帰る老(おい)力なげなり風よ吹くなと
                                       田畑建司

 雪国以外の人に、この歌の状況が分かるだろうか。先日、わが八幡平短歌会の定例歌会に出された作品。灯油はたいてい各戸に配達または外の備蓄タンクに業者さんが補給してくれるシステムになっている。と、都会の人に話していたら、この歌の場面が分からないという。灯油缶を自転車に載せて、どこからどこへ帰るんですかと問われ解説に戸惑った。

  住環境も今は目覚ましい進歩を遂げ、オール電化が普及してきているようだが、わが地区ではまきストーブや灯油が主燃料だ。そして私は灯油を自分で買いに行く。ガソリンスタンドの人に「18gね、重たいから」と言い2缶買って車で運ぶ。黙っていると20g入れられるので降ろすとき苦労する。

  かつて私も「片手にて運ぶ灯油の一斗缶かどぐち遠し去年よりことし」と詠んだことがある。赤い灯油缶を車から降ろし、玄関まで運ぶ。さして遠くはないけれど、重くこたえる。去年より体力が衰えているせいか。「一年ぎりに弱まる」といっていた母の嘆きを「大げさな」と笑っていた自分の薄情さが思われる。

  掲出歌では、老人が灯油缶を自転車の荷台に載せて走る光景。ところどころ雪も残っている道路を「危ないなあ、風が吹かなければいいが」と本当に祈りたい心地がする。大敵の雪にもめげず、荷物を積んで自転車を押して歩く人も見かける。ドライバーにとっては自転車は危険信号だ。

  「新雪にハンドル取られ右左奇跡のように生かされている・石田郁子」こちらは二輪車ではなく自動車の歌。この日の出席者のほとんどが免許証保持者。バスも通っていない私の所などは車がなければどこにも出られない。奇跡のような運転体験記はみんな持っている。

  何が怖いといって早朝、凍った路面にサラッと雪が積もった道路と誰かが言えば、いや除雪車が通った直後のテラテラと光る鏡道(かがみみち)の怖さを語る人。三本わだちの恐怖もある。

  「冷え込みて路面てらてら鏡道鬼も滑るや節分の朝・高橋寿一」の作品に「鏡道」が辞書にないのは不自然だという声も上がる。さらに「黒凍(こくとう)道路」の言葉も聞いた。車内ヒーターをVぐらいに強めても冷気に負ける氷点下の道路、路面が黒々とぬれているように見えることがある。ひたひたと凍り始めた状態でこんな時は慎重にスピードを落とす。初冬も冬の真ん中も、残雪の春先も安全運転を心がけたい。
(八幡平市、歌人)



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