盛岡タイムス Web News 2015年  3月  11日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉264 三浦勲夫 二世帯住宅


 一軒家を二つに仕切って、親と子(私たち)で住んでいた。二世帯住宅である。子の子、すなわち、孫が成長すると、そのために部屋を増築した。やがて、親が亡くなったり、ホームで暮らしたり、子どもが独立する。すると、二世帯が、一世帯となる。こうして、手狭、増築、空室と変化し、かつ古い部分を、改築、修理した。

  一方、男一匹、自分の城をと、自分の一戸建ての家を所有することも経験した。その家で仕事をし、客を招き、泊めたりした。やがて、その家も、手放す決心をして、売却した。市場原理を持ち込んで、損、得、無駄は考えないことにした。達成感が残った。周囲には、配偶者や身内の大きな借金を抱え、懸命に働いて返済した(する)人たちも多い。

  世の中を生きながらえてくると、それなりに、人生観や世界観が広がる。有為転変の繰り返し。卑俗に言えば、英雄も朝夕見ればただの人。人はみな死ぬときはただ一人。それを、無常観ということで、表すこともある。170年も前の、英国の小説「虚栄の市」(ウィリアム・サッカレイ)では、この世を「空の空なるかな」と締めくくっている。ラテン語で「ウァニタス・ウァニタトゥム」、と。この長編小説(副題は「主人公のいない小説」)をしまいまで読めば、ラテン語の意味も、およそ理解できる仕組みである。サッカレイ自身、親から継いだ財産を蕩尽(とうじん)した。そういう小説家(など)もまた、古今、多い。

  なぜ、そんな古い、異国の小説なんぞを読むのか。理由は単純、昔、古本屋で買った、古い洋書が、この小説だった。長い間、古い洋書とはこんなものです、と言わんばかりの顔で、本棚の隅に納まってきた。人も古本じみると、「古典」が懐かしくなる。得体の知れない郷愁、おそらく人類共通の故郷、に寄せる郷愁に誘われて、原文をたどる、ということもある。そこに、こけむした、19世紀半ばの英国があった次第だ。

  サミュエル・ジョンソン博士が、その約60年前に編さんした、英国最古の「英語辞書」が、ピンカートン女史(校長)から、ロンドンの女学校の優等生に、褒美として与えられる。そんなことが、真顔で語られる。ひょんなことで私の手元に残っている、その「英語辞書」。「オート麦」の定義は、「スコットランドでは人の食料となり、イングランドでは、主に馬の飼料となる穀類」。スコットランドに対する偏見とイングランドの俗物に対する揶揄(やゆ)に満ちている。NHKテレビ放映中の「マッサン」の妻、エリーさんの故郷がスコットランド。「鬼畜米英」の敵国から日本に来て、太平洋戦争のさなかにも住み続け、ウイスキーづくりに夫と励んだ女性。寒冷な北英の人らしい、忍耐力と意志力の、面目躍如(やくじょ)である。今、ブリテン連合王国からの分離・独立運動も盛んである。

  偏見、蔑視が両国間の敵がい心を燃やし、激しい戦いを繰り広げた。1707年にブリテン王国に併合されてからも、対抗意識は強く、近年は北海油田から上がる経済力を背景に独立運動が根強い。英国的ユーモア、あるいは言論の自由、という大義で、熱い戦いにはなっていない。が、イングランドでは、アイルランド革命軍による暴動が近年まで、相次いだ。パリや、デンマーク・コペンハーゲンで発生したイスラム過激派の銃撃事件を想起する。人さまざまは、古今東西、繰り返す。「空の空なるかな」。「むべなるかな」。(岩手大学名誉教授)


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