盛岡タイムス Web News 2015年  3月  11日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉426 伊藤幸子 家族って


 春一番珊瑚の海をゆさぶりて
                  稲荷島人

 「明日で地震発生から1週間になる。地震直後、コメンテーターのどなたかが、自然に裏切られた思い、とおっしゃっていたけれど、私はそうかなあと思う。自然を裏切っていたのは人の方かもしれない。自分を含め、もっともっと謙虚に慎ましくありたいと思う。」

  これは昨年2月10日発行の小川糸さんの日記エッセー「こんな夜は」の一節だ。私の今年はじめてめぐりあった作家。電子機器を知らない私にはブログ公開など未知の分野だが、小説「食堂かたつむり」を手にした日からとりこになってしまった。

  小川糸さん、1973年生まれ、2011年「食堂かたつむり」でイタリアのバンカレッラ賞を受賞。さらに「ペンギンの台所」では音楽家の夫君をペンギンと称して続々ペンギンシリーズを発刊。食と旅と世界紀行に読者をいざない倦(う)むことがない。

  すでに映画化もされている売れっ子作家に私など遅き出会いではあるけれど、「食堂かたつむり」を買った翌日、また書店に走り小説「つるかめ助産院」「たそがれビール」「こんな夜は」など、ペンギンシリーズも大量に買いこみ、各地の「読み友」たちに発送した。家の子どもたちと同年齢ぐらいの作家、友人たちにも知らないという人がいる。

  それにしても、どうしてこうも次々と物語の構想が浮かんでくるのだろうか。「トルコ料理店でのアルバイトを終えて家に戻ると、部屋の中が空っぽになっていた」という書きだしの「食堂かたつむり」「一ヶ月半前、小野寺君はまるで風にさらわれるように姿を消した」との描写は「つるかめ助産院」。「母は私がまだ三ヶ月の時に死んだ」物語は「パパミルク」の序章。いずれも喪失感が出発点だ。

  「あいつのこと、忘れんでいよう思うて、写真何気なくここに飾ったんだけど、何でも始めるのは気安いもんなんや。けど何かを終りにするゆうのはほんま難しいなあ。いつ片付けたらいいか、わからなくなってしまう」という父親の再婚に寄せる小品。

  南の島のつるかめ助産院で産み月を迎えたまりあ。「親が生きていても苦労するし、親を知らなくても、親を亡くしても苦労する。家族って絆にもなるけど呪縛にもなる」と諭すつるかめ先生のたくましさ、やさしさ。島の女たちの歌う歌が私にはいつか「花は咲く」の旋律に聞こえてきた。
(八幡平市、歌人)



本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします