盛岡タイムス Web News 2015年  3月  25日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉266 三浦勲夫 病室にて


 現在93歳だという。大塚利兵衛さんが自身のアナウンサー歴を振り返って語った。NHKの放送90周年を祝う番組、「ラジオ90時間」の中である。元NHKアナウンサーで、午後7時のテレビニュースを3年間、担当した。それを記憶する人も多いだろう。

  1923年生まれ。43年の学徒出陣で南方に送られる。敗戦後、現地の刑務所に約1年間収容され、47年にマレーシアから帰国。故国の土を踏んだが、しばらくはぼうぜんとして、仕事の目標もなかった。49年、日本放送協会(NHKは一般的呼称ではなかった)の「アナウンサー募集」の広告を見て、仕事の内容もおぼつかないまま受験した。本心は、新聞記者になりたかったが、アナウンサー(戦時用語では「放送員」)に採用された。

  だから、放送局で原稿を読むだけの仕事には飽きたらず、現場で取材したかった。しばらくは希望を述べてもかなわなかったが、やがてテレビ時代となり、アナウンサーも事件や災害の現場に赴き、取材し、中継もするようになった。その草分けであった。54年、青函連絡船「洞爺丸」の座礁・沈没事故や、59年、伊勢湾台風の取材、放送を行った。ウェブで検索すると、現場主義アナウンサーの先駆けとして紹介されている。

  氏の戦前からの運命の変転に感銘した。インタビューする現役アナも、畏敬をもって、対談している。「大塚さんは、記者、アナウンサー、ディレクター、プロデューサーと一人で全部されたようなものですね」と感嘆する。現場主義のアナウンサーだったわけで、単に言葉の読み方にとどまらず、話の取材、内容整理、組み立て、文章化、音声発表と完璧を目指した跡がうかがえる。

  私などは一視聴者として、テレビニュースを見るだけで、裏の作業を知らない。それでも昭和時代に活躍し、今は忘れかけたアナウンサーの、93歳にしてなおかくしゃくと、インタビューにメリハリ正しく答える姿勢に、感銘を受けた。その話が、あながち、牽強(けんきょう)付会でないと思うが、私の守備範囲(外国語教育・学習)にも参考になった。

  外国語、特に英語は現在、国際社会で必須のコミュニケーション言語である。日本語は当然ながら、外国語(英語)も「ウロ覚え」ではまかり通らない。その外国語(英語)を思うように使いこなすには、大塚利兵衛氏のように、現場、取材、素材整理、文章化、校正、発表(文字・音声)、という段階を踏むだろう。完成度や特色は人により異なるが、その段階や、切り口での、喜びや達成感もある。

  「日本語の話し方教室」がある。「話し」というからには、話の素材を集め、取捨選択し、まとめ、簡明、正確、目的に添うよう、分かりやすく、話す、ことになる。私も「英語の話し方教室」を計画したい。肩肘張らず、自由、無料で、系統的に英語の話し方が、身に着く「素地」を作る。4月から第3土曜日、午後2時から4時、盛岡市本町通3の19の27、「盛岡4L会」(電話019―645―0839)の建物である。趣旨を理解され、参加される方は、初級者でも歓迎。「来る者は拒まず、去る者は追わず」の方針です。大塚氏は93歳。私より20年も先輩である。手術予定日の病室(盛岡市立病院)にいて、19日未明に聞いたこの話は、改めて私の「やる気」を励ましてくれた。
(岩手大学名誉教授)

 


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