盛岡タイムス Web News 2015年  3月  28日 (土)

       

■ 〈体感思観〉 編集局 鎌田大介 ポップスで盛岡


 

 もりおか啄木・賢治青春館の主催で21日、盛岡のご当地ソングのレコードコンサートが開かれた。私と田口善政館長の対談で曲を紹介し、約80人の方に参加していただいた。この場を借りて感謝いたします。

  青江三奈の「盛岡ブルース」など、選んだ10曲中1曲だけ、盛岡の地名が出てこない「ご当地」があった。1970年代のフォークグループ「猫」の代表曲「雪」だ。

  「雪でした/あなたのあとを何となく/付いていきたかった」と歌う、軽快でメランコリックな調べを、ラジオなどから耳にした人は多いと思う。吉田拓郎の作詞作曲で、バックバンドの「猫」が独立するにあたり提供した。

  この曲と盛岡との関わりを調べると、デビューしたばかりの拓郎が71年ころキャンペーンで岩手放送を訪れた際、出会った女性に一目ぼれし、志家町から本町通まで一緒に歩いた思い出が秘められていることが分かった。

  広島出身の拓カには雪の盛岡が珍しかったのだろう、「見知らぬ街の見知らぬ人」と回想しているだけだが、かの「緑の町に舞い降りて」を作詞作曲したユーミンと並び、同時代のポップスの巨匠が2人も、盛岡の街を五線譜に起こしていた。

  そう考えれば井上陽水、中島みゆき、松山千春、矢野顕子、矢沢永吉、山下達郎、氷室京介など他のビッグネームにも、実は盛岡を歌った曲があったとして不思議はない。小田和正なら「どんど晴れ」のテーマがある。何かとお騒がせの桑田佳祐だって、「サザン」のノリで、「南部です」と、何か蔵出ししてくれるかも。桑田=iくわた、そうでん)というくらいだし…。

  それはさておき、大御所だけでなく中堅から新進までミュージシャンに当地との縁をたずね、しかるべきところが盛岡にちなんだ日本のポップスのオムニバスCDを作ってみたら面白い。観光にも役立つはず。次回のレコードコンサートからは、ポピュラー音楽を通した街おこしについても考えていきたい。
 
 


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