盛岡タイムス Web News 2015年  3月  30日 (月)

       

■  〈幸遊記〉220 照井顕 熱田純生の響とコーヒー


 最後の名曲喫茶とも云えた「これくしょん」(紫波町高水寺土手)のマスター・小畑倉治さん(81)が、3月22日の朝(7時50分)膵臓(すいぞう)がんのため、盛岡赤十字病院で亡くなられました。翌23日午前11時、紫波町かたくりの丘斎場での火葬。喪主は小畑さんの長男・博司さん(初めてお顔拝見)でしたので、小畑さんが若返って目の前に立っているような不思議な思いにかられる光景でした。

  その23日は僕たちの店も休日だったので、昼は久しぶりにジャズが流れる十割そばの「はらぺこ」で“だったんもり”を食べた。この店にはさまざまな方の色紙がたくさん飾られていますが十年余り前に書いた僕の色紙、ソバとジャズをかけた「体によく聴く」もあるのですが、あの時「お礼です」とそば代を受け取らなかったことも思い出しました。

  思い出しの連鎖で「東緑が丘の新しい喫茶店“響”に行って来たよ!」と言っていた医師の八木淳一郎さん(“開運橋のジョニー”と“これくしょん”で、時折開いてきた“小泉とし夫・口語短歌朗読ライブでのギター伴奏者)のことをふと思い出し、女房と一緒に行ってみた。

  店に入るとすぐ、“響”という店名の由来が分かる大型のスピーカーが、4本専用のステージに立ち並び音楽を響かせているのでした。その中央には炎の見える薪(まき)ストーブ。カウンターに座ったら、かけてくれたレコードが「ジョニー・ハートマン」の歌、それにビックリしていたら、何と!次のレコードはフォーレの「レクイエム」、まるで古い友人が当然のように気を使ってくれたような偶然に、女房は泣き出してしまったのでした。

  僕の店で使っている豆はKEY・COFFEEなのだが、何と“響”のマスター・熱田純生(あつたすみお)さんは、34年間KEY・COFFEEで豆の買い付けや鑑定をしてきた人なのでした。定年で奥さんの出身地盛岡に来て土地を探し、店舗兼住宅を建て、昨2014年12月30日にオープン。本格的なロースター機を導入しての自家焙煎。昼にクラシックをタンノイから、夜はジャズをアルテックのスピーカーから、ウエスギの真空管アンプで鳴らす本格的な音楽喫茶。不思議なほどの自然な出会いに、僕は心の中で感謝しながら“小畑さんありがとう”と手を合わせた。(カフェジャズ開運橋のジョニー店主)


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