盛岡タイムス Web News 2015年  4月  6日 (月)

       

■  〈幸遊記〉221 照井顕 千葉岳洋のジャズの架け橋


 大きな体をして、どっしりとピアノに向かい、素早い音も出す若きジャズピアニスト・千葉岳洋(たけひろ)君(24)。その彼を見ているとなぜかあの故オスカー・ピーターソンの姿が思い浮かんでしまうのだ。開運橋のジョニーの卒業生で、プロのジャズドラマーになった柿崎幸史(たかふみ)君とのT・T・T・Trioライブで東京からの来盛演奏終了後、泊まるところがないというので泊めることにし、2人でウイスキーを飲みながらおしゃべりをした。

  僕が、まず驚いたのは、彼は東大を卒業してジャズピアニストになった点であった。8歳の時、自分で見つけた教室に通いピアノやエレクトーン。その後にファゴットを5年習い、仙台の東北学院高校時代には吹奏楽部に所属し、ほとんどの楽器をやったというほど演奏が好き。だから当然なのだろうけれども、進学指導で勧められたのは音大ではなく理系。1カ月で自分に向いていないと、文学部で美術史を専攻。19世紀ころの絵や文献に夢中になった。同じ絵を先生と生徒が見て言葉と目を磨く、それは楽器も一緒だという思いに至った。

  東大にもジャズ研究会やビックバンドがあり、1年の時から東大と慶応のビックバンドに出入りしトロンボーンを吹いた。高校生の時、吹奏楽の譜面を編曲していたことを生かし、大学時代からコンボやビックバンドの曲を作り始めて、その数は現在50曲あまり。「コンテンポラリー、クラシック、ロック、さまざまな要素を取り入れ、あまり聴いたことのない感じがする、自分の理想の曲を創る作曲家に!そして世界に爪痕を残せるピアニストになりたい!それが、漠然とした一番の目標!」という若い彼。

  ライブで印象に残った彼の曲「トナンクイロ」(イタリア語でかすかな星の光)同じフレーズの中でハーモニーの色が少しずつ変わってゆくブルース曲。「以前の僕はソリストの音に後から反応するというごまかし!今はバックに回る時、ソリストがどういう筋書きを考えているか、どういうプレーをしたいのか、普段の人となりから読み取って先回りの音を出す。するとソリストもバンドのサウンドもアップすることに気付き、その架け橋になる演奏ができるよう、自分でもソロの右、バックの左手で、言いたいことを音にする練習に打ち込んでいるという。(カフェジャズ開運橋のジョニー店主)


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