盛岡タイムス Web News 2015年  4月  8日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉268 三浦勲夫 書写用鉛筆


 15年ほど前に、ある閉店セールで買った、6本の鉛筆。外観は通常のHBだった。ところが「書写用4B」とあった。子ども時代なら「図画鉛筆」である。「書写」という言葉も、自分の子どもが学校に上がってから、知った。私の時代は「書き方」と言った。「語彙(ごい)は世につれ、世は語彙につれ」と言うところだ。

  その書写用鉛筆を先月、初めて使った。やわらかなタッチ、大きい文字、目が疲れない、手が疲れない。原稿案を紙に書くのに、重宝だ。「語彙は世につれ、物につれ」でもある。近松門左衛門の歌舞伎、浄瑠璃の言葉を、現代人はまずよく分からない。それを映画化する時は、台詞を大分現代語化しなければならない。同じことが、シェークスピアにも言える。シェークスピアの時代は近松より1世紀古い。時には、英語動詞の当時の語尾「三単現のth」を今のsに変えたり、代名詞のthou(あなた)を今のyouに変えたり、難解なセリフは省き、分かりやすい原文が拾われる。聞いて分かる工夫が、映画化には必要だ。

  世代が違えば、日本語もかなり変わる。小津安二郎監督の映画登場人物の日本語、特に女性の言葉(戦後すぐ)は、現在では驚くほど丁寧である。敗戦直後、NHKが苦労して録音した有楽町ガード下に出没した、いわゆる「夜の女」(リーダー格は「ラクチョウのおとき」)の言葉も、品が良い。敬語が多く残っていた。あれから70年、日本語は一変したと言える。(おトキさんは、後に、群馬でまっとうに働いている、とNHKに連絡した)

  高齢世代の人たち、あるいは、年齢が違う人たち同士の交流がなくなる。親や祖父母は世を去っていく。残された同年代の交流もなくなり、若い世代との距離が広がる。若い者同士でも、個人化の傾向はかつてないほどに強い。それが孤立、独居、孤独、認知症、精神的不安症候群、生きがいの喪失などにつながる。常に人は、人間同士のつながりを回復する努力が必要になる。

  交流機会はさまざまある。ただし、金、時間、健康、意欲などを要する。私がじかに接する範囲には「英語学習会」がある。今年度の企画として、会費不要、細かな入会要件(年齢、学力など)も不問、交通費などの経費は自己負担、学ぶ興味と意欲を持つ人を歓迎、という機会を設けた。盛岡タイムスの報道もあり、4月4日の第1回には、16人が盛岡会場に集まった。一関、北上、花巻、紫波、盛岡、滝沢の40代から70代で、生活背景は、主婦、教師、元教師、農業、童話作家、海外居住経験者、ぜんそく治療のため腹式呼吸を実践し、それには英語発音が良いとする女性、事業経営者などである。確かに英語発音は、腹式呼吸によるところが多い。「ティー・チャ」(teacher)ではないが、お茶、お茶菓子つきの茶話会形式ダベリング、「フリー・ダブリン」学習会である。

  自己紹介して、日頃の個人世界から、広い集団に出て、学習活動に楽しみを感じた。学習歴3年以上の人たちもいる。この人たちも、私が指導してきた。最初の状態と、今の結果では、蓄積が現れる。話し方が向上する。向上せずには、おかないのである。「生きたモデル」がグループの中にいる。次回は5月16日。毎月原則、第3土曜日である。その日を期して、まずは最初のさまざまな出会いに、明るい希望を感じて、散会することができた。
   (岩手大学名誉教授)


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