盛岡タイムス Web News 2015年  4月  13日 (月)

       

■  〈幸遊記〉222 照井顕 宮川武士のトヨタ、イオン、マーク


 1980年前後、三陸町(現大船渡市)にあった北里大学水産学部の学生だった宮川武士君(55)。丸くて大きな顔が口で二つに割れるみたいな、そうあの当時はやっていたTVゲーム「パックマン」のように赤ら顔でテンション高く、僕の店「ジョニー」に来てはガハハ、ガハハと大声で笑っていた彼。すでに絵や版画に夢中だったが今も変わらず。

  当時、大船渡市盛町にあった「第一画廊」の新津氏に見せられた1枚の絵。そして「この本物の画家を訪ねていき、話を聞きなさい!」と言われたが、彼はすでに大学1年の1977年、1カ月も荷物の受け取りを拒否し続ける人がいて、その宅配便の荷を手渡す役を買って届けた。差出人は宮内庁、受取人は画家・熊谷守一(1880〜1977)その人だった。何度も断られたある日、玄関先でたき火をしながら虫眼鏡を片手にじっとアリを観察していた彼に「僕も絵を描いてるんですよ」と言ったその一言で彼の表情が一瞬変わり「よし受け取ってやる。その代わりあした来て1週間泊まれ」だったという。

  そこで体験したのは彼と奥様の2人の和服での清貧この上ない生活や、昼にじーっと何時間も物を見、頭に入れたそれを夜に描く。描く時間よりも観察の時間がはるかに長いのだったと語る彼。将棋を誘われ知らないと言うと、「じゃ音楽を聴け!」と自らギーコギーコとひどい音のチェロを弾き聴かせ、ナイフとフォークでエビフライを食べさせてくれたという。

  大学卒業後、征矢(そや)広告デザイン室で働いていた時、入ってきた電通のコンペ仕事。言われたのは「Tの字のデザイン」をしなさい。何百と考え、最終的に次元を超えた宇宙をイメージしアンドロメダの大星雲をテーマに動いて見えるロゴを完成させた。使用社は、後、世界一のメーカーとなった豊田自動車だった。

  そしてもう一つの日本一!それは、今をときめくイオン。そうあの、だ円入りマークこそ、角ばったテクノロジーの字と、永遠に続く人間の愛の融合をテーマに彼が考え出した秀逸のロゴ。またイオンの前身、サティ(エリック・サティ、作曲家1866〜1925)の音楽からヒントを得た店名とロゴも彼の発案によるものだった。その彼は今も、赤帽で軽運送業をしながら、自ら手描きした小さな絵を各地のフリーマーケットにて百円で売る仕事?に夢中である。
  (カフェジャズ開運橋のジョニー店主)


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