盛岡タイムス Web News 2015年  4月  16日 (木)

       

■  〈風の筆〉97 沢村澄子 お里帰り


 父が続けて大きな手術をし、母がダウン。「帰って来い」を連呼する母に応じて、半月ほどお里帰りした。

  しかし父は意外にも元気で、いや、まさしく術前より体の調子はかなり良く、遺影の心配などしながらも、時を惜しむように連日見事に遊び歩いている。

  ところが、まさに意外だったのが母の衰弱ぶりで、10日連続点滴を打っても38`まで痩せたといい、実際、母のその姿にはわたしも言葉を失った。

  その母はわたしを見るや半日を泣き続け「アンタに会うのはこれが最後や」を繰り返した。

  しかし、「何でお母さんそないになったん?どこか悪いん?」「どこも悪ない。心労や」「心労だけでそないになるもんなん?」「アンタ、悩みないやろ。アンタの太り方見とったら絶対そうや!」そんな会話を繰り返すうち、母は日に日に元気になって、わたしが明日帰るという頃には、程々のラインにまで復調した。

  大阪をたつ朝、最寄りの駅を6時45分発の電車に乗りたいから、6時半に家を出る。そのために6時に起きる。と、前夜、母に言っておいたのである。すると、4時に起こされた。さすが母や。と、感心半ば、アキラメ半ばで布団を上げて台所へ。今度は「みそ汁を飲め」「しっかり食べろ」「弁当はこれや」「アンタ、お母さんの作った『釘煮』持って行けへん?」「らっきょもあるで」「梅干は要らんか?」と、続く。

  要るとか、要らんとか、の返事するマなどない。母は機関銃のように話し続け、母との会話は決まっていつも、母が一方的に話し、2、30秒に一度、わたしが「うん」「ふん」と相づちを打つ。それは父との会話でも同じで、妹たちが来てもそうで、わたしは実家では何もしゃべらない。いや、しゃべる隙間がないというか、大阪人は本当によくしゃべるというか、それでだろうか、大阪では、わたしより太った人を見ることがない。

  今回家に着いた時には、母が化粧をしていないことにも驚いたが(女が化粧せずに歩くのは下着姿で歩くのと同じ、が母の持論。このことでもわたしは叱られ続けており、事実わたしは子どもの頃から母の素顔を見たことがなかった)、しばらくの間にその化粧も復活していた。それで、4時すぎの朝食を食べながら、「お母さん、けさはえらい(随分)かえらしい(かわいらしい)顔してるわ。そうや。そうやってちゃんと化粧してかわいいしときや」と言ったら、母がニコッと笑うのである。80を過ぎても、母は「かわいい」「美人」と言われるのがうれしいらしい。

  ところが、それで気をよくしたのか「駅まで行く」と言い出し、「準備するから」とまた鏡に向かい、「6時には出よな。早目に出たら急がんでもエエ」と言って、母が履いて出たのはわたしが盛岡から履いて来た靴である。母はいつも「スミチャンの靴、エエなぁ」と言って幼女みたいに玄関で履いて歩き、「これ、くれへん?」と言うから、わたしは代わりを買いに商店街へ。すると、「アンタ、大阪来るたび、靴買いに行くなぁ…」と、不思議がる母。

  駅までの道々、その母が言った。「なぁ、もうちょっとマトモな字ィ書いてくれへん?お母さん、お習字仲間にも先生にもアンタのこと恥ずかしいて言われへんねん。せめて読めるもんを頼むわ」
(盛岡市、書家)


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