盛岡タイムス Web News 2015年  4月  22日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉432 伊藤幸子 八幡平パノラマ


 消えたしや消えたくなしやさみどりの八幡平に残れる雪は
                                   伊藤一彦

 著名な歌人の第十歌集署名入り美装本が古書市に出ていた。驚き、喜び手に入れた。宮崎市の伊藤一彦さんの「微笑の空」、2007年刊、すでに四刷と広く読まれている本だ。

  宮崎県坪谷(つぼや)の若山牧水記念館の館長先生。東京から飛行機で2時間、列車で1時間、車で1時間半という不便さはあれど、「自動車の免許をもたぬわれと妻スピードとふにそも縁のなし」と詠まれる日常。

  昭和18年生まれ、かつて総合誌で「60歳から短歌を始める意義」について興味深い章を読んだ。氏は60代を「第二次マージナルマン」と呼ばれ注目された。マージナルマンとは、心理学者レヴィンの用語で境界人とのこと。子供から大人への境界期にある青年のことで、子供の世界からは除外され、大人の世界からも疎外される。もう子供じゃないと言われ、同時に子供のくせにとも言われ不安定に揺れる。

  一方、60代は中年の世界にも老年の域にも属さない境界人で、心身も不安定である。でも、その不安定さと何とも言えぬ自由さが、60代の作歌の意義と説かれるとその気になってくる。この「歌を詠んでみたいという心持ち、それ自身が歌の素質である」と断言したのは若山牧水だと語られる。

  「今朝のわが話に法螺(ほら)のあらざるか語るは騙(かた)ることといへども」「引きこもる若者多し閉ぢこもる老人多し夜霧出で来ぬ」作者は大学でカウンセリング等の講義と演習をされ、またスクールカウンセラーとして宮崎市内の小中学校に毎週出かけられるという。

  「双極性障害を世に広めたる父と明るく愛もて語る」は北杜夫さんと娘の由香さんのこと。心もようの歌の具体性は実際に対(む)きあって感じることが多いようだ。「もう一人の自分がゐると語る子ら増えつつあるは〈進化〉ならむか」「学生の〈好きな家族〉は母、姉妹、ペットと続きしんがりに父」心を病むということが今は普通に風邪や盲腸のように診断も通院も治療も明るく対処できるようになった。

  作者は身軽に旅もされ、八幡平にも何度かいらしてすてきな山の歌を作られている。掲出歌はまさに今ごろのアスピーテラインの風景。雪の下にはまだフキノトウが若い緑を育てている。「沿道に立ちて媼(をうな)の売りをれば婆篦(ばばへら)アイスと地の人言へり」楽しい「ババヘラアイス」がデビューして幾年か。今年も八幡平パノラマにパラソル屋台の立つ日が待たれる。
    (八幡平市、歌人)



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