盛岡タイムス Web News 2015年  4月  29日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉433 伊藤幸子 「会社の熱気」


 けものめくわが性の悲し砂浜に身を抛(なげう)ちて吠えんとするぞ
                                        山口瞳

 あまりにも入り乱れている書架の最上段に近く、今必要な本の背表紙が見える。私はいつものごとくコウモリ傘の柄を引っかけて、その本の端を引っ張る。ドドッと2冊落ちてきた。山口瞳著「江分利満氏の優雅な生活」と「華麗な生活」、グリーンと赤のハードカバーの本。昭和38年2月初版。私が買った12月は11版、定価320円となっている。文字が細かい。

  きょうは最新刊小玉武著「係長・山口瞳の〈処世〉術」を読み、やっぱり「寿屋宣伝部」サントリー社のエネルギーに圧倒された。昭和30年代は多くの企業が拡大路線を驀進(ばくしん)中、宣伝部製作課係長・山口瞳の物語は日本企業の経営戦略として実にリアルでおもしろい。

  新聞広告では山口の「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」のキャッチフレーズは「時代を超えた名作」と佐治敬三会長が日経新聞「私の履歴書」に書かれている。

  山口は「あの頃の会社の熱気がなつかしい。私をぶんぶん飛び廻らせたのも、小説を書かせるようになったのも、すべてはあの熱気だったと思っている」と言われるが花の係長は36歳、そして本書の著者小玉氏は24歳だった由。大正15年生まれの山口瞳の68年の生涯。18歳から直木賞受賞の37歳までの20年間のサラリーマン生活は勤め人としての日常感覚がゆきわたり、広告コピーの冴(さ)えに感じ入る。

  「人生仮免許」との「サントリーオールド」の広告も、今回あらためて山口流処世術を見た。昭和53年1月15日の成人の日の20行のメッセージ。

  「二十歳の諸君!今日から酒が飲めるようになったと思ったら大間違いだ。諸君は今日から、酒を飲むことについて勉強する資格を得ただけなのだ。仮免許なのだ」として、酒のみへの訓戒を述べ「ところでかく言う私自身、実はいまだに仮免許がとれない」と結ぶ。このコピー原稿を小玉氏自身が山口瞳からじかに手渡されたときの感情が読む者をも熱くする。

  昭和51年1月2日、小説家檀一雄の死に際して「火宅の人」の評価をめぐり、山口瞳の筆法は鋭い。この本も何度も読んだけれど、家庭を破壊しても禁断の恋に生きようとする主人公の姿勢に山口は批判の目を向けた。

  見渡せばどこに安穏な家などあろうか。「市民生活の一軒一軒が火宅であることが見えていない」と書く山口瞳こそ「人間を見る目」の真骨頂と説く小玉文学に魅せられた。2011年3月11日、東日本大震災の日、山口治子夫人が83歳にて亡くなられた。
    (八幡平市、歌人)



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