盛岡タイムス Web News 2015年  5月  4日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉225 照井顕 大和屋竺の幻のジャズ映画


 
 あれは1982(昭和57)年のことだった。前年、全国的なヒットを見せた映画「典子は今」(サリドマイド児の辻典子さんを描いた話題作)“松山善三脚本・監督”の次回作品として企画されたのが僕をモデルにした本格ジャズ映画。制作はシバタフィルムプロモーション(滑人堂シネマ)代表の柴田輝二氏はとても意欲的で、元日活映画の監督で当時フリーだった大和屋竺(あつし)さんが脚本を書き、直接メガホンをも取るというものだった。

  当時ジャズは軽いロックのようなフュージョンが持てはやされていたが、僕は「日本人による日本のジャズの復権」を目指しレコードを制作、全国に向けて発売していたことから朝日グラフ、毎日グラフ、週刊宝石などがジョニーを取り上げ、NHKでも全国放送したことなどから持ち上がった話。水谷豊、根津甚八、秋吉久美子、山下洋輔らの出演による「ジャズに魅せられた男が地方の小さな都市でジャズを生活の中に持ち込んで活発な活動をしながら、日本ジャズの拠点を作るという軽さや、やるせなさをテーマ」に、制作日数5カ月、制作費7千万円、1983年1月に全国での封切予定!と、陸前高田にて記者会見したのが7月16日。しかし肝心要の脚本が年明けても出来上がらずに没となった。

  「映画を撮る時、僕はまず音楽を先に考えたい。そうすりゃ映画ってのは、何とかなると思ってるんだ。だからジョニーの映画はやろうと思ってんだ。もちろん表現として世界に通ずるものをですよ」と、お世辞にも大和屋さんは7年後の平成元年に僕を東京日野市の自宅に招き語ってくれたことが、うれしかった。

  大和屋竺(1937〜1993・北海道三笠市生まれ)私立足立学園高校、早稲田大学文学史科卒、日活助監督八期生。監督作は若松プロの「裏切りの季節」「荒野のダッチワイフ」「毛の生えた拳銃」など。脚本は「野良猫ロック・セックスハンター」「八月の濡れた砂」「悲愁物語」「マタギ」「ドグラマグラ」「ルパン三世」などなど。彼が映画に憧れた決定的作品が黒沢明の「七人の侍」。本当は黒沢氏の弟子になりたかったそうだが、かなわずじまいで、今村昌平氏のいた日活へ。「やるからには徹底的にやりたいと思うし、やってもらいたいのだ」と、それを実践した人。1971年の映画「八月の濡れた砂」(主題歌・石川セリ)は、今も数少ない僕のカラオケ用愛唱曲の1曲でもある。(カフェジャズ開運橋のジョニー店主) 


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします