盛岡タイムス Web News 2015年  5月 18日 (月)

       

■  〈幸遊記〉227 照井顕 柴田輝二の自画像の私


 先週、先々週の幸遊記に次ぐ二度あることは三度ある映画の話。「典子は今」を製作した活人堂シネマの代表・柴田輝二さん(1917〜1999)は、あの「ああ直立猿人」が没った翌年の1984年、事故で中途失明したヒロインが、盲導犬とともに明日に向って生きる「しのぶの明日」(日本ヘラルド配給)を製作。当時はまだ皇太子でした現天皇陛下もご覧になり、主演した紺野美沙子さんと、原作、脚本、製作者の柴田輝二さんの2人は東宮御所に招かれご懇談。

  その後、夢野久作の代表作小説の発表から50年を経て映画化した「ドグラ、マグラ」(シネセゾン配給)を発表。この作品は88年ベルリン国際映画に出品され、香港国際映画祭招待作ともなった。その柴田輝二さんの思想背景は、一貫した社会的弱者救済の一助となること。それは「個の主張」に基づく、反骨、反権力、反体制型の社会貢献であり、劇的因子を持った娯楽的価値観の追求でもあった。

  そして1990年から、99年に彼が亡くなるその日まで、それこそ死にもの狂いで完成させ150万人を動員させようとした劇映画「自画像の私」は、企画・製作から脚本、監督と全身全霊を傾けて取り組んだエイズがテーマの作品。3人の男と女の出会いによってもたらされたエイズ感染という性と死の純愛ドラマ。

  画家を目指しパリへ渡った主人公がエイズに感染し帰国、美術教師だった父親の故郷、陸前高田を訪ね父の同級生だった僕、照井顕の店・ジャズ喫茶ジョニーへやって来る。その日はもう一人の同級生、日本屈指のジャズドラマーの追悼ライブが行われるというシーンが折り込まれ、主人公は献体登録して死を見つめながら自画像を描き上げるという内容。

  100年余りの映画史上初となる「三万人映画製作委員会」を立ち上げマスコミに発表。一般から出資金を募って3億円の製作費を調達し、町田康、手塚理美、剣持たまきらが出演、中島みゆきがテーマ曲を担当するという段取りだったが「8年の企画歳月のストレスと遺作覚悟のシナリオ補訂の苦労でしょう、鬼の撹乱(かくらん)で9月から現在まで病態で作品にする精神力と肉体との相剋(そうかつ)です」という手紙が柴田さんから届いたのは、亡くなる20日前、1998年の師走だった。自らも白菊会に献体し、この世を去っていった。
(カフェジャズ開運橋のジョニー店主)


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