盛岡タイムス Web News 2015年  5月 28日 (木)

       

■  〈風の筆〉102 沢村澄子 熊野古道@杉林へ


     
   杉林の合間合間に村。雲海を横目に耕地が広がり、鹿などの野生動物から作物を守るための電気柵に囲まれていた(中辺路、高原熊野神社近く)  
   杉林の合間合間に村。雲海を横目に耕地が広がり、鹿などの野生動物から作物を守るための電気柵に囲まれていた(中辺路、高原熊野神社近く)
 

 春、帰省した際、熊野古道を歩いてきた。

  五つあるといわれるルートのうち、わたしが選んだのは中辺路(なかへち)と呼ばれる紀伊半島をほぼ横断するコースである。紀伊田辺からバスで滝尻王子まで行き、そこから歩き始め、峠越えをいくつも繰り返しながら熊野本宮大社へ。そこから船で新宮まで川を下り、新宮から那智勝浦までの海沿いは電車だったり歩きだったりしたが、紀伊勝浦駅から那智大社、那智大滝まではやはり徒歩で。

  どういうわけか、わたしは熊野古道をハイキングコースくらいに勘違いしていて、これはもうアヤマチもいいところ。実際は上り下りを何度も何度も繰り返す楽ではない山道が延々。滝尻王子から近露王子まで13`を歩いた1日目、近露温泉の民宿に着いた時には口が利けず、靴が脱げず(筋肉痛でしゃがめない)、出迎えてくれた民宿のおじさんにまず「あ〜。この人はダメだわ」と言われた。

  夕飯時も仮死状態のまま動けず、隣の席の帯広から来たというおじさんに「若いくせに情けない」と叱られたが、そのおじさんは「この日のために1日5時間30`を毎日歩いてきた」のだそうで、天気のいい日に30分、道端のネコに話しかけながらうらうら歩く程度のわたしが一緒にされてはたまらないのである。とにかく、バックパッカーは1日でリタイアした。リュックの中の荷物は下着1枚と歯ブラシを残し、後は皆、宅配便で送り返すことに。

  夕飯が終わると、民宿のおじさんが地図を持ってやってきて、「アンタ無理だから」と、翌日の行程のショートカットを指南される。

  「ここは国道、アスファルトだからバスで行くといい」熊野古道といえども山道ばかりではないと教わった。結果、25`のうち7`はバスに乗ることにし、それでも明日は18`かと思うと、夜が明けねばいい、目が覚めねばいいと思いながら布団に入った。

  ふくらはぎパンパンの2日目。近露王子から本宮近くの湯の峰温泉までには迂回(うかい)路もあり、2011年、ここ一帯を襲った台風の被害がまだあちこちに残る。前日の雨が上がり、荷が軽くなり、幾分気分はよく。

  それでも、熊野古道のほとんどが杉林である。それもまず分別できない、どこもかしこも同じでしょうと言いたくなるような、そう太くもない杉の林が延々、延々と続くのである、そこを上ったり下ったり、また上ったと思えば、また下る。

  正直、なんでこんなことをしようと思ったのか、と泣きたくなった。2日目が終わる頃には、ふくらはぎに続き今度は太ももの前側がつり始め、いつバランスを崩して転んでも不思議ではない状況。しかし、この杉林の深い谷に落ちたらきっと見つからないと思う。

  その薄暗い林、その道ではほとんど人に会わない。特に日本人はおらず、白人のバックパッカーが時々大股で抜かして行くばかり。

  日本人にはかろうじて一日一人くらい会ったが、それはきまって男も女もシングルで、一方の外国人の方はといえば、ほとんどが男女のカップルなのが面白かった。
     (盛岡市、書家)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします