盛岡タイムス Web News 2015年  6月 9日 (火)

       

■  〈イタリアンチロルの昼下がり〉228 及川彩子 ラザレットの祈り


     
   
     

 遠くの森から、カッコウの声が響き渡るアジアゴの5月は、草原が色彩パレットと化す、一年で最も美しい季節です。

  その自然を舞台に繰り広げられるのが、アジアゴ最大の祭「ロガツイオーネ」。町の境界線を、市民の大行列が、朝6時から夕方6時までの12時間、練り歩くのです。

  町の中心にある大聖堂前を出発。丘を横切り、森を抜け、山を超え、大聖堂に帰って来るその距離は約40`。

  この歴史は、中世にまん延したペストを鎮めた神との約束事からとか。以来、感謝を込めて歩く伝統が受け継がれているのです。

  一日の行程で一番重要なのは「ラザレット」という、森の教会でのミサ。行列に参加できない老人や子どもたちも集合し、まさに市民総出の大ミサを行うのです[写真]。

  ラザレットとは、紀元300年頃、ローマ教会が設立した、らい病患者の隔離施設を意味しますが、中世には、黒くただれて皮膚が腐る黒死病(ペスト)患者の保護政策の場となったのです。今では、森林浴の休憩にでも立ち寄りたくなる広場ラザレット。いつの時代も、アジアゴの町を守り続けてきたのです。

  歴史をたどれば、文化や産業の発展は、いつの時代も疫病と隣り合わせでした。地中海貿易のネズミで運ばれてきた14世紀のペストに始まり、新大陸発見のコロンブスが持ち帰った16世紀の梅毒、17・18世紀のチフス流行は、ナポレオン衰退の原因となり、ロシア革命では「社会主義が勝つか、シラミが勝つか」とレーニンに言わしめました。

  産業革命の過酷労働が生んだ19世紀の結核、20世紀のインフルエンザ。昨年はエボラ。今また、止まない戦争、難民問題から新しい疫病が懸念されています。

  自然の驚異か人災か…。森に集結した市民の祈りが、今年もまた、カッコウに運ばれて行きました。


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