盛岡タイムス Web News 2015年  6月 17日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉440 伊藤幸子 「七十年たちて」


 七十年経ちてぽつりと語る叔父知覧飛び立つ戦友の名を
                                   佐藤政勝

 6月13日、岩手県歌人クラブ短歌大会が開催され、93首の出詠があった。午前10時から午後3時まで、広域県内歌人の交流を深めた。全体を5人の選者による選評で進行した。

  私は今年の詠草を見ながら、戦後70年を詠んだ作品はどれくらいあるかと思ったが、掲出歌と「『ひめゆり』はもう語らぬと沖縄はまだ戦時中七十年来る・古津景二郎」「兵学校の過去をかたらぬ老い兄に同窓会を解くしらせあり・岡田紘子(人賞)」の3首に引きつけられた。ともに戦争体験を語らずに来た人たち。昭和90年の今、若く散っていった戦士の無念を思う。

  「子の家へ病夫と移り行く朝の門辺に匂う山吹の花・川辺邦子(選者賞)」「ふるさとの人住まぬ家に春日みち年々に恋ひし紅しだれ咲く・石川節子」戦後世相の変化、家族構成、人口減、過疎化など「家を継ぐ」観念もうすらいできた。都会に暮らす子供たちのもとへ「呼び寄せ老人」なる新語も登場した。私の母も、冬期間しばらく滞在することがあったが新しい環境に慣れず「おれに用ある人、だれも来ない」と寂しがった。老親を呼んだり、子が定年後Uターンしたりと村の人口も流動する。

  「バスを待つ高校生ら一様にスマホに見入る黙祷のごと・田澤和子(天賞)」「格子戸の連なるとおり雛みつつリュック背負いて袴の子ゆく・堀内敏子」「住み馴れし埴生の四隅に神酒そそぎ解体業者に鍵を託せり・佐瀬壽朗」

  この3首は現在の生活描写として多くの共感が得られた。スマホに見入る高校生を「黙祷のごと」ととらえる作者のやさしいまなざし。また入学式の帰りか、リュックとはかまのとりあわせがまぶしい。古家の解体には心が痛む。最近は空き家対策も社会問題となっている。

  さて東日本大震災後4年たった。今回復興の歌は「復興の進み具合を目で見んと遠く南下す陸前高田・北口博志」の一首だけだった。

  いつも春は大地の芽吹きの歌があふれる。今回、拙作「田の神のあそぶ水口きらめきて去年の藁屑花のごと浮く」が思いもよらぬ歌人クラブ会長賞に選ばれた。選者評では「実際に農業をする人でないと詠めない光景」と言われたが私にとってはごく自然の生活環境。田に水が入り去年のわらくずがきらきらと花のように浮かび上がるさまを詠んだもので、真に歌をさずかったひとときであった。田の神に叱られぬよう、また水口のきらめきを見にいこう。
    (八幡平市、歌人)



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