盛岡タイムス Web News 2015年  6月 23日 (火)

       

■  〈イタリアンチロルの昼下がり〉229回 及川彩子 「マリオの軌跡」


     
   
     

 今学期も無事終了、3カ月の長い夏休みを目前にした6月1日、長女ルチアの通うアジアゴ理数高等学校の改名式典が、街を挙げて行われました。数年前に他界した、アジアゴ出身の国民的作家マリオ・リゴーニ・ステルン氏へのオマージュから、「マリオ・リゴーニ高等学校」と校名が変わるのです。

  イタリアでは、公共施設や学校、通りなどに、著名人の名を付けることは珍しくありません。ベルディ音楽院、コロンブス通り、ダ・ビンチ空港など、例を挙げれば限りなく、昨年亡くなった国際的指揮者アッバドの名も、さっそくミラノ市立音楽院に残されることになりました。

  アジアゴの人々にとって、精神的シンボルのマリオ・リゴーニ・ステルン。作品は地元の教科書教材としてはもちろん、各国で訳され、また、日本でも紹介されていると聞きました。

  そんな作家の兄弟や親戚たちが、同じ合唱団仲間であることから、私たち家族にとっても自慢だったマリオは、森の山小屋に住み、植物を植え、蜂蜜作りに励んでは、時折原稿に向かうといった、まるで宮沢賢治を思わせる自然派作家で、風貌も、森の番人[写真]。

  作品には、国境線を行き来する商人、狩人、アルプス軍曹から野生の森の話まで、北イタリアの庶民生活が気取らない作風で書かれています。中でも、第2次世界大戦時、兵士として極寒のロシアに送られ、死の敗走の末、強制収容所で過ごした体験記録と、思慮深い考察から、「イタリアのヘミングウェー」と呼ばれているのです。

  故郷アジアゴに、魂の根を張る程に、外国人を殺さなければならなかった苦悩。「同じ世界に生き、誰もが皆、故郷を持っているであろうに、何のために…。マリオが望んだのは、人間を結びつける感情でした。

  アジアゴの自然と暮らしを誰よりも愛した人の名を引き継ぐ若者たち。残された言葉を、この先、何度も思い起こすことでしょう。


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