盛岡タイムス Web News 2015年  6月 27日 (土)

       

■ 〈体感思観〉 編集局 戸塚航祐 過去のものでない餓死



 満足に食事のできない人が県内にどれだけいるのだろうか。記者の実家がある盛岡市で古い知り合いに質問したが、反応は薄かった。それどころか「想像もできない。現代社会でそんなことが起こるのか」と返された。

  滝沢市社会福祉協議会は4月6日から16日までフードドライブを行った。フードドライブは、印字ミスや入れ物の破損などの理由で流通しなかった食品を、フードバンクなどを通じて地域の生活困窮者や児童・障害者施設などに無償提供する活動。全国で問題になっている生活困窮者の餓死を未然に防ぎ、社会復帰をするための活動として広がりを見せている。

  取材で同社協の担当者から話を聞いて、思い出したのは前職の元同僚だった。元同僚が20代のころ、不況で職をなくし貯金も尽きかけていた時の話だ。

  元同僚は「飢えると食べ物のことしか考えなくなる。食べる物がないというのは、冷蔵庫の中身がないということではない。家のどこを探しても何も出てこない。河原で食べられる草を探したが、長くは続かなかった。満足に食べられず、次第に体を動かすことすらできなくなった。時間の感覚もなく、何も考えられなくなった。その後、両親に発見されなければ、あのまま死んでいただろう」と振り返った。

  元同僚の話は記憶に強烈な印象を残した。同社協の取材でも聞いたが、若年で生活に困窮する人が増えている。一昨年、大阪府大阪市で31歳女性が餓死したケースなども事例の一つだ。国は4月から生活困窮者自立支援法を施行しているが、どれだけの生活困窮者が窓口にたどり着けるだろうか。元同僚のように、体を動かすこともできないのではないか。

  農家が多く野菜などが安く手に入りやすい県内だが、昔は凶作で多くの餓死者を出した。今日では、歴史で知ることはあっても、飢えに実感がないのかもしれない。飽食の時代といわれる現代だが、今後、若くして飢える人が増えるとしたら、これほど悲しいことはない。


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