盛岡タイムス Web News 2015年  7月 1日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉442 伊藤幸子 「社会派歌人」


 五十年前をし問へば答へくれぬ茫洋として近藤芳美
                               岡井隆

 雑多に物のあふれている居室の壁に、5年も前から画びょうで止められている新聞の切り抜きがある。平成22年12月12日付、朝日歌壇の「近藤芳美の愛の歌」、そしてそのかげに同年11月3日付、近藤年子さんの訃報がある。「2日、老衰で死去、92歳」とあり、晩年の夫妻の家「サクラビア成城」にて葬儀とある。

  芳美亡きのち4年、サクラビアはとびきりの介護付き老人ホーム。そこでのインタビューの様子が2年前の総合誌「歌壇」に出ている。近藤夫妻は平成13年夏に、このサクラビア成城を選ばれたという。

  「初めより二人なりしを来て定めし終の一室のさくらのよろこび」「誰の負担となりてもならぬ後のための選択ながらまた寂しむな」二人きりの老後。卓上には昭和12年8月の、土屋文明を迎えての金剛山歌会の登山の写真が飾られてある。写真にまむかえば今の一室から抜け出して若き歌姫との一日に戻れる。

  社会派歌人、近藤芳美の生涯―。私はいつも6月の訪れに、激しく長く昭和の短歌史を彩った作品群にひきつけられる。そしてどんな人にも生命の翳(かげ)り、老いがやってくる。長く生きた分だけ他人に老いの姿が印象づけられるのは避けられない事実だ。

  「近藤芳美の晩年について」岡井隆さんが総合誌「歌壇」2013年6月号に興味深い総論を書かれている。近藤芳美を師として出発した「未来」の結社経営や内部事情は不明だが、岡井さんとのやりとりがおもしろい。

  「アララギに居た五十年前に、近藤夫妻が茂吉さんの家へいらしてお話をされたそうですが、どのような状況だったのですか」と訊かれるくだり。79歳の師(近藤)は、64歳の私(岡井)に、「茫洋」とした表情で、茂吉を語ってくれた…という話。

  私は人の伝記や、さりげない思い出話に登場する人物にいつも注目して読み進む。しかもこの場面は50年も前のこと。

  その場に居合わせた岡井さんは現在も第一線でご活躍、この稿を書かれた2013年は85歳になられたとのこと。

  2001年は9・11のあった年。そして近藤芳美最後の歌集「岐路以後」に見る老いの無惨を述べられる。私はやっぱり近藤芳美といえば「手を垂れてキスを待ち居し表情の幼きを恋ひ別れ来りぬ」の青春歌が好き。平成18年6月21日永眠、93歳。 (八幡平市、歌人)



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