盛岡タイムス Web News 2015年  7月 23日 (木)

       

■  〈風の筆〉110 沢村澄子 かなわないの一言だ


 篠田桃紅(しのだとうこう、1913〜)さんをご存知だろうか。現役最高齢の美術家、と呼ばれるそうだが、その仕事の始まりは「書」だった。戦後、前衛的な「水墨の抽象画」というジャンルを確立し、世界的に活躍する作家である。

  しばらく前、NHKでその桃紅さんの特集があったと、美術家・横尾忠則さんのツイッターで知った。

  6月1日、横尾さんはこうつぶやく。「テレビで103歳の篠田桃紅さんの引く線の凄(すご)さ、見ましたか? かなわないの一言だ」。

  わたしはそのシーンを見ていないのだが、桃紅さん100歳の個展を見た。会場には、100歳の作品の他に、若い頃の作品もあった。両者の線は全く違う。別人のように違った。 

  茫洋(ぼうよう)とした100歳の線に絶句。しかし、若い頃のものも気安いものではなく、誰でもが引ける線ではない。それでもやはり、100歳の方が驚異だった。

  若い頃の桃紅さんの線を見て、求心すること、集中を線にすることを思った。これにも鍛錬は必要だが、100歳の弛緩、開放、それらの線化の方に、得がたいもの≠感じた。意識では賄えない、そうでしかない、仕事だから。

  それで、横尾さんに質問してみたくなった。桃紅さんにかなわないのか、103歳にかわないのか。桃紅さんでない103歳の線だったらどうなのか。同日、「芸術は考えるより、考えないことの凄さがある」ともつぶやいた横尾さんは、どんな答えをくれるだろう。

  学生時代、書道科では徹底的に線の良しあしが問われた。この部分はいい線だと指摘され、この線はダメだからと、書き直しを命じられた。そのうちわたしはそこでの是非に疑問を抱き、先生や先輩たちが言うその「いい線」とは本当にいい線なのかを疑った。教室で教わることをそのまま飲み込めず、複雑な疑念はやまず、ついにある日、一人の先生に電話して「いい線って何ですか」って聞いたら、「オマエ、酔いが覚めるようなことを聞くな!」って叱られたけれど、翌朝、お電話くださって、それは「心に響く線だろう」って。

  「筆の機能を生かした線」だとその先生は答えられるのでは、と想像していたから、ちょっと小躍りしたのを今でも覚えている。でも、やはり、では、その心に響く線≠ニは何か、で、それから30年余りたった今、わたしに響いてくるその線とは「書き手が十全に開いた線」だ。十全に、とはいかなくとも、できるだけ。でも、本当は果てしなく。いや、書き手だけではない。本当は、筆も紙も墨も文字も果てしなく。だから、それにはやはり、できるだけ多くのものから開放されることが必要で、それには考えないことが重要で、でも、それも技術としてやってしまえば必ず陳腐になるだろうから、だから、無駄に力を発揮できなくなり、自然なアウト・オブ・コントロールに及ぶ高齢での仕事は、誰しもにとって貴重ではないのかな。無論、それが全てではないだろうし、もっと若い時分からとんでもない自由を獲得した良寛のような人もいるけれど。

  しかし、103歳まで、まず、生きて、なお、現役。仕事し続ける桃紅さんは、やはり凄い。その尊さに、まさにかなわない。
     (盛岡市、書家)


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