盛岡タイムス Web News 2015年  8月 20日 (木)

       

■  〈風の筆〉114 沢村澄子 熱風トーキョー


     
   
   和光8時の鐘の音を聞きながら、歌舞伎座の前に立つ。熱風にぼんやりかすんでいたせいか、異国情緒を覚えた
 

 暑い、暑い、暑いと言いながら東京。盛岡に戻ると、やはり涼しいような気がする。気温が同じ35度といっても、湿度が違う。こちらはサラリと空気が軽い。

  しかし、今年の夏が異常なのか、これまで盛夏に在京したことがなかったのか、とにかく、東京ってこんなだった?と驚くほど、いやはや暑かった。気温が高いだけではない。ムシムシ、ムンムン、ジリジリ、ベタベタ。モアモア。グジュグジュ。そのうちヘロヘロ。とにかく、これらの擬音通り、かなりの不快指数。

  その中で2日間、タイトな予定をこなした後のバス待ち。東京駅八重洲口から盛岡行きの夜行が出るまで3時間あった。

  いつもなら、友達を呼び出してご飯を食べるとか、一人喫茶店で本を読んでるとか、そんな時間つぶしをするはずなのに、熊野古道を歩いてからワタシ、どうかしたわけか、やたら歩きたい。それで、信じられないことに、ネオンがついても気温30度を切らない銀座を一人、3時間歩いた。もちろん汗だくである。鼻の頭の汗を押さえ押さえ。背中を汗がぽろぽろ伝い落ち。

  これまで、昼といわず夜といわず、こんなに長い時間銀座を歩いたことはなかった。いつもは用を足し足し、その用ある場所を訪ね渡るだけだったから、もしかしたらこれがわたしの生まれて初めての銀ブラかもしれない。いや、ブラブラしたというよりヘロヘロになったんだけれど、でも実際、用はなく、真に、ブラブラヘロヘロしてたわけで。あのサウナみたいな銀座を。

  が、面白い発見も結構あった。まず、その高温多湿のせいか、銀座を歩いているという気がしないのである。周りで勢いのある中国語が飛び交っているせいもあっただろう。"duty-free"(免税)という表記が店頭にやたら目に付くことも原因だろう。上海か台湾か、タイかベトナムか、東南アジアのどこかの国、どこかの街を歩いているような気がしてならなかった。一方、では逆に、わたしは東京、銀座をどんなふうに捉えていたのか。もう少し硬質な、輪郭のしっかりした街という印象ではなかったか。銀座は少しゆるくなった。崩れた感じがするというか、斜陽を感じるというか、わたしは全くお高い人ではなく、いや、そんな高さにまるで無縁のウルトラ貧乏人に違いないのだけれど、そのわたしにして、いいのかなぁ、日本。このまま崩れていっちゃって、みたいな不安を覚えざるを得ず。何だか退行してるみたい、堕ちていってるみたい、そんな印象が、少し切ない。

  買い物する中国人を、舗道の脇で超大型バスが待っていた。そのバスに擦り寄るようにして、リヤカーに積んだ福島の桃を売っていた。その桃が異常に大きくて、かつて見た事がないくらい大きくて、径が15aもあろうかというほどのシロモノで、値段は書いてなかったけれど、交渉だろうか。

  その時、ネパールやバリ島で「シェンエン、シェンエン(千円)」と片言の日本語を発しながら、キーホルダーやアンモナイトなど、いろんなお土産品を両手に、わたしを取り囲んだ売り子たちのことを思い出した。
     (盛岡市、書家)
 


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