盛岡タイムス Web News 2015年  8月 25日 (火)

       

■  〈おらがまちかど〉70 相原礼以奈 盛岡市 南大通三丁目町内 町内で守る下町の財産 江戸期建造の「御蔵」 歴史伝える資料2000点


     
   山車の原形となった「丁印」など多彩な資料が見られる下町史料館  
   山車の原形となった「丁印」など多彩な資料が見られる下町史料館
 

 北上川下流のほとり、明治橋東側に、白壁の蔵が堂々たる姿を見せている。盛岡市指定有形文化財・盛岡市保存建造物に指定される「御蔵(おくら)」である。江戸時代に建てられたこの蔵は、地元の南大通三丁目町内会(瀬川征光会長)の組織する30人ほどの御蔵管理委員会によって整備され、1992年から下町史料館として運営されている。

  御蔵は江戸後期に盛岡藩が建設した飢饉(ききん)対策の米蔵。内部は6千俵の米が収蔵できたと言われ、火災や洪水から米を守る頑丈な構造が見られる。戊辰戦争で盛岡藩が破れた際にも御蔵は残され、民家へ払い下げになった後、1983年に盛岡市が買い戻した。その後、町内会が管理を申し出、地元民から提供された古い民具を紹介する史料館としての活用が始まった。

  前町内会長で昨年館長に就任した千葉久子さん(67)は「米を守るための二重構造、柱をくり抜いて板をはめ込む方法など、当時の最高の技術で建てられたという建物自体が大変貴重。さらに生活に根差したものの保存活動という側面もある」と話す。展示物は約2千点。民家の蔵に収蔵されていた生活用品、御蔵前に架かり盛岡城下の玄関口の役目を果たした新山舟橋の関連資料、防火用品、商家の帳場を再現した一角、クラフト作家・丹野恵美子さんによる細密な和紙人形「参勤交代大名行列」など多岐にわたる。

  盛岡秋祭りの山車の原形である「丁印(ちょうじるし)」も目玉の一つ。江戸時代に各地で制作されたという町のシンボルだが、実物が残るのは川原町(南大通三丁目付近の旧町名)のみ。最後に引かれたのは岩手国体が開催された1970年といい、中国の故事「司馬温公の瓶割り」を表す人形があしらわれている。

  同館は週末を中心に開館し、御蔵管理委員が当番制で受け付けに座る。委員の川村テルさん(90)は「(御蔵が)柱の角を削って建てているのは昔の建物の証し。そういうところも見てもらえたら」と話す。開館日の午後に常駐するボランティアガイドの中山雄幸さん(75)は「盛岡の人でも知らない人が多い。ぜひ見に来てもらいたい」と太鼓判を押す。

  千葉さんは「昔の盛岡の方々が使った日用品には、ものを大切にするという今にも通じる心が垣間見える。それを大事に保存し、下町らしさを大事にしながら次の世代につなげていきたい」と話している。

  御蔵・下町史料館(盛岡市南大通3の12の30)は毎月第2、3、4土日の午前10時から午後4時までの開館。その他の日時でも連絡次第で見学可。入館無料。問い合わせは千葉さん(電話090─5598─5230)または笹森さん(電話622─4668)まで。(相原礼以奈) 


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