盛岡タイムス Web News 2015年  8月 31日 (月)

       

■  〈幸遊記〉242 照井顕 糸坂昭子のママのママさん


 盛岡の喫茶店で一番老舗である本町通の「ママ」は僕が生まれる15年も前から続いていて、今年2015年が83周年。現在のママである糸坂昭子さん(78)は3代目。2代目ママ節子さん(1924-2005)のめいにあたる。

  創業者の三浦小沙(こしお)さんは節子さんの母、広島生まれ。店の名前をつける時、当時まだ8歳だった節子さんは母から「何がいいかな」と聞かれ、「大好きだったセルロイドのキューピーちゃんがいいと言ったの!」と節子ママから聞いたのは1988年。その時、僕は、小沙さんというステキな名前からして、きっと「キューピットなママ」だったんだろうなと想像したことが思い浮かんだ。

  「創業当時の音楽は蓄音機でかけるSP盤レコード。ハンガリアンラプソディ、チゴイネルワイゼン、アベマリア、ウィーンの森の物語、美しく青きドナウ、ドナウ河のさざ波、パリ祭、ただ一度の機会、などなど、モダンな店だったんですよ」とせつせつと語ってくれた節子ママ。戦争中「ママ」は敵性語だと言われて「街」と名を変えても終戦直後の一年間は喫茶店はぜいたくとされ休業させられたそうで、またコーヒーが入らなくなって、こぶ茶や番茶を出した時期もあったと言っていた。

  開店当初、小沙さんの妹てる子さんも店を手伝っていて、当時店の常連だった医専(現・医大)の学生の一人がてる子さんと結婚し、現ママの昭子さんが生まれた(昭和12年)。縁とは不思議なもので節子さんが手術入院した時、昭子さんが店を手伝いに、父が故郷青森の無医村に開業していた津軽中里からやって来た1960年〜62年、ママの常連で県職員だった方と知り合い結婚。以来盛岡暮らしだったから、節子さんが亡くなってから、節子さんのご主人(パパ)が、「あんたがやるんだったら」と、店を改装して(雰囲気は昔のまま)再開し、すでに10年目。「8月13日ママ(節子)さんとパパ(昇)さんが夢に出たの」と昭子さん。

  節子ママ生きていたならこの8月26日で91歳。年に24回ママの店内で開かれてきた個展やグループ展はすでに1000回余り。3代に及ぶママの継続。まるで寄せ返す波のようだと思いながら、展示作品に目をやれば、大船渡出身の女流画家・三浦千波さんの波濤(はとう)のような絵画。
(カフェジャズ開運橋のジョニー店主)
 


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